【人工知能はいま 専門家に学ぶ】(5)情報幾何学の創始者、甘利俊一氏が見るAIの世界 (1/6ページ)

2016.5.29 07:00

工学博士理化学研究所脳科学総合研究センター脳数理研究チーム特別顧問・チームリーダー東京大学名誉教授の甘利俊一氏

工学博士理化学研究所脳科学総合研究センター脳数理研究チーム特別顧問・チームリーダー東京大学名誉教授の甘利俊一氏【拡大】

 理化学研究所脳科学総合研究センターの甘利俊一・特別顧問を訪ねた。甘利は数理工学の重要性を早くから見通し、統計科学や情報理論などの研究において、多数の世界に誇る重要な業績をあげてきた。情報幾何学の創始や脳機能をモデル化する神経回路網理論の先駆的研究によって国際的にも知られている。現在も、脳の情報処理の基本原理を数理的手法により解明し、数理脳科学を確立させるべく研究を続けている。それは、現代数学の理論を当てはめて出来るようなものではなく、新しい数学を創る必要があるのだ。

【プロフィル】甘利俊一(あまり・しゅんいち)

甘利俊一(あまり・しゅんいち)工学博士
理化学研究所脳科学総合研究センター脳数理研究チーム 特別顧問・チームリーダー
東京大学名誉教授
文化功労者
著書に「情報理論」(筑摩書房)、「神経回路網モデルとコネクショニズム」(東京大学出版会)、「脳・ 心・人工知能 数理で脳を解き明かす」(講談社ブルーバックス)などがある

「僕の今の興味はここなんです」

 無邪気な笑顔でそう話す甘利は80歳である。

「ミンスキーも最初はニューラルネットワークを研究していたんです。だけど、高校の同級生であるローゼンブラットがパーセプトロンを考案し、それが発表されるとニューラルネットワークブームが巻き起こったんですが、ミンスキーはニューラルネットワークの研究から人工知能、AIに研究の主軸をシフトしたんです。当時は、ニューラルネットワークは人工知能とは違う研究分野だったのです。まあ、ニューラルネットワークも人工知能もお互いに近い分野ですから、ミンスキーは並行してニューラルネットワークも研究していて、著書の「パーセプトロン」で、パーセプトロンの限界を示し、1960年代の第一次ニューラルネットワークブームを終わらせたんです」

 1956年、人工知能(AI)に関する世界初の国際会議をジョン・マッカーシーが主催した。この会議の提案書で初めてAI(Artificial Intelligence)という言葉が使われた。一方、1958年にパーセプトロンが発表され、第一次ニューラルネットワークブームが起きる。しかし、1969年にマービン・ミンスキーらによってパーセプロトンの限界が示されると、そのブームは終わり、一方の人工知能もフレーム問題を指摘され、広い意味での人工知能全体が冬の時代を迎える。

 1980年代になり、コネクショニストらの活躍により、ホップフィールドネットワークやバックプロパゲーションが発表され、第二次ニューラルネットワークブームが起きる。同時期に、エキスパートシステムが盛り上がり、日本においては第五世代コンピュータプロジェクトが進められ、各国も人工知能分野への投資を加速させた。しかしながら、期待されたほどの効果がでなかったこともあり、1980年代後半から再度冬の時代を迎える。

 1990年代中盤以降、インターネットの発展やコンピュータパワーの飛躍的増大等により、研究分野でも産業的にも成果が上がってくる。

 そして、ディープラーニングの登場により、今回のブームが起きている。

「人工知能は、もともとのAIというか、記号処理、論理的推論をベースに研究をする派…」