「スマ勉」世代にノート共有アプリ提供

日本発!起業家の挑戦
勉強ノートを共有するプラットホームを事業化したアルクテラスの新井豪一郎社長

 □アルクテラス社長・新井豪一郎氏に聞く

 ディスラプト(破壊)の難しい既存産業界はいくつかあるが、その一つに教育業界がある。エドテック(教育とテクノロジーを組み合わせた新しいビジネス領域)が盛んになる一方で、サービスを提供するスタートアップの多くが苦しい状況に置かれているのが現状だ。

 アルクテラス(東京都世田谷区)の新井豪一郎社長は、より良い教育を提供するためにボトムアップのアプローチをとる。同社の開発した勉強ノート共有プラットホーム『Clear』は、生徒や学生がノートを通じてお互いに学習を助け合い、同社はそこから利益を得ている。

 --エドテックで興味深いアプローチを取られていますね。サービスを教えてください

 「主力製品はClearです。生徒や学生が勉強ノートを他の生徒・学生と共有できるプラットホームをウェブとアプリで提供しています。ノートに人気が出れば、公開するユーザーはアクセスに対して課金することさえできます」

 ◆世界の中高生中心

 --ユーザーを教えてください

 「世界中に150万人のユーザーがいます。多くは中学生と高校生で、主に学校の定期試験や入学試験の勉強のために、参考書代わりに使っています。例えば数学の試験勉強をしていて分からないところが出てきたら、他の生徒が問題の解き方を分かりやすく解説したノートを見つけることができます」

 --日本のように学校のカリキュラムが標準化されている国では、このプラットホームに人気のある理由が理解できます。全国レベルで数種類の教科書を同じ学年の生徒が同じ時期に学ぶことが普通だからです。他国の市場ではどのように受け止められていますか

 「新しい市場を評価するときに最も重視しているのが、国が定めた、標準化されたカリキュラムがあることです。日本の学習指導要領に当たるものです。いま、海外で最も大きな市場がタイ、台湾、中国、そしてインドネシアです。各国の言語でプラットホームを提供しています。いずれの国にも標準化カリキュラムと生徒たちが学習面で助け合う文化があります」

 --勉強を教え合う文化は万国共通だと思っていましたよ。生徒はみんな助け合いたいものでは?

 「実態を知れば驚きますよ。お国柄なのか、中学生や高校生がお互いを競争相手としてみていて、競争相手が自分より良い点を取るのを助けることに意味を見いださないという市場がいくつかあるんです。文化的な問題なので、新しい市場への参入を決定するときには、この点も注意深く観察します」

 --サービスを大学のノート共有まで拡大しないのですか

 「ユーザーの中には小学生や大学生もいますが、大学では教授や講師によって異なる教材や書籍が用いられ、カリキュラムもまちまちで、ノートの共有は中高に比べるとかなり難しいです。1人のノートが同じ科目名のクラスを履修する他のユーザーにとっても有益とは限らないからです。でも、公認会計士や司法試験などの専門職試験や資格試験の分野ではノートの共有が役立つはずなので展開を視野に入れています」

 --エドテック分野での起業のきっかけは

 「星野リゾートのスキーリゾート事業を運営していたときのことです。コースの外でスキーをしていて、木に激突、あばら骨を3本折り、そのうち2本が肺に突き刺さる大事故に遭いました。このまま死ぬのではないかと思いながら仲間の助けを待つ間に、もし生き延びて東京に戻ったら、起業家としてキャリアをやり直そうと思いました。本当にやりたいことをやらなければ駄目だ。戦略コンサルタントになる前からなりたかった起業家になって、教育ビジネスをやらなければと思ったんです。複数のベンチャー経営に関わってきた、慶応ビジネススクール同期の白石由己君が創業に加わってくれることになりました」

 --アルクテラスは生徒の学習診断ツール「カイズ」を提供するほか、実際に塾の運営も行っていますね。小規模のスタートアップが複数の異なる事業を経営するのは難しいのでは

 「いいえ、そんなことはないんですよ。それぞれの事業を担当するチームがあり、もちろんいつもさまざまな課題が持ち上がりますが、ビジョンを掲げたり、良好なコミュニケーションを築いたりすることは、外から想像するほど難しいことではありません。ただ、チーム内で重要な役割を担っていたスタッフが会社を去るのを見送らなければならなかったことはあります」

 --それは、なぜ

 「事業の方向性を大きく転換しなければならない時期に、チームのメンバー全員が合意できないことがあります。新しい方向性に賛成できないメンバーは去っていきました」

 ◆日米で決断力に差

 --日本とアメリカのスタートアップの大きな違いが表れていると思います。アメリカでは、うまくいかない製品に見切りをつけて方向転換をするのが非常に速い。ときに速すぎるぐらいです。しかし、日本のスタートアップの多くでは、「私たちは間違った決断をした。新しいことを試みるべきだ」と言うのに時間がかかります。感情的に入れ込みすぎているのかもしれません

 「そのとおりだと思います。日本では社員が現在取り組んでいるプロジェクトに対して強い愛着を持つ傾向にあります。通常はそれが会社にとって良いことですが、経営方針に変化が必要なときには、社員の熱意が方向転換を難しくする側面があります」

 --Clearのマーケティング戦略についてお聞きします。学校、親、生徒、誰をターゲットにしているのですか

 「生徒に直接働きかけることに重点を置いています。有料広告は全くしていません。ツイッターで非常にアクティブに情報を発信しています。ほとんどのユーザーは口コミで私たちを見つけるか、学校の友達に勧められてアプリを使い始めます」

 --フェイスブックや他のマーケティング・チャネルは使わないのですか

 「日本の中高生はフェイスブックやその他のソーシャルメディアをあまり使わないので、私たちにとっては意味がないのです」

 --おもしろいですね。ほとんどのエドテック企業は学校や親をターゲットにしています。児童・生徒・学生はあまりお金を持っていませんからね

 「(笑)それは、その通りですね。でもClearを使うのにお金はほとんど要りません。Clearでやっているのはコミュニティーづくりです。大部分のコンテンツは無料で利用できますし、まとめノートを売っている生徒も大金を課しているわけではありません。とても安いですよ。おそらく、彼らもそんなにお金が必要ないんでしょう」

 --Z会グループ・朝日学生新聞社と昨年、業務提携しました。こうした提携から今後新しい事業が生まれるのでしょうか

 「資本提携先はコンテンツ製作者です。朝日学生新聞の新聞記事や受験問題に関する情報は、生徒たちにとって学びの宝庫です。Z会はご存じの通り通信教育、参考書などの学習コンテンツを多数持っています。生徒たちが解けるたくさんの問題をアプリ内で配信できるようになります」

 ◆新たな指導法構築も

 --しかし、提携関係から得られるものはそれだけではないのでは? 提携先の学習コンテンツへのアクセスが手に入る一方で、アルクテラスは生徒がどんな問題でつまずくのか、逆にどんな問題を簡単だと思っているのか、共有されるノートから分かります。ノートでどんな解き方や解説が最も支持されているかという情報も手に入れられます。子供たちを指導する全く新しい方法を構築するための必要なパーツは全部そろっているようです

 「もちろん出版社側は参考書や教材をより良いものにするために、生徒からのノートを通じたフィードバックを得ることに関心を示しています。将来、そのような情報を提供していくつもりです。新しい指導・学習方法の構築については、今はまだ言えることがあまりありませんが、1、2年後にまた聞いてみてください」

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 アルクテラスは、私が普段エドテック系スタートアップにやってはいけないとアドバイスしていることをやって、成功している。生徒を対象にマーケティングすることだ。日本では、試験対策や学習ツールの市場が巨大で競争が激しい。そのため、新製品をローンチするときは、一括購入する塾や、購入に関して決定権を持ち、子供たち本人よりも往々にして子供の学習に意欲的な親たちをターゲットにする方が理にかなっている。

 しかし、そんな常識や予想に反して、アルクテラスは児童・生徒・学生が昔からノートの貸し借りという形で表してきた“教え合いたい”という欲求を基に、Clear事業を急成長させてきた。アジア圏市場を中心に、業務提携や有料コンテンツ配信などを通じて今後どのような事業へと膨らんでいくのか、注目に値する。

 文:ティム・ロメロ

 訳:堀まどか

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【プロフィル】ティム・ロメロ

 米国出身。東京に拠点を置き、起業家として活躍。20年以上前に来日し、以来複数の会社を立ち上げ、売却。“Disrupting Japan”(日本をディスラプトする)と題するポッドキャストを主催するほか、起業家のメンター及び投資家としても日本のスタートアップコミュニティーに深く関与する。公式ホームページ=http://www.t3.org、ポッドキャスト=http://www.disruptingjapan.com/

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