起業家の密度とエコシステム形成 大学ベンチャー、広域性生かせ

論風

 □東京大学政策ビジョン研究センター教授・渡部俊也

 9月22日に東京証券取引所マザーズ市場に上場した東京大学関連のPKSHA Technology(パークシャテクノロジー)は創業5年の若いベンチャー企業であるが、10月20日の時点で時価総額が1595億円に達した。人工知能(AI)関連で注目されたこともあるが、同社だけではなく東京大学関連ベンチャーの上場はすでに17社、時価総額は1.4兆円を超える規模となっている。東京大学のベンチャー創出のペースは年間30社を超え、ビジネスプランの募集イベントなどをやると、たちまち多くのチームが集まり、起業家教育のプログラムには学生が何百人も受講するという活況ぶりは10年前の東京大学では考えられなかった。

 人材の流れもベンチャーに向かい始めた。東京大学の学生・大学院生も、かつてのように大企業や官庁だけでなく、ベンチャー企業への就職や、自ら起業することを選択することも普通になった。中核を成すエンジニアはほとんど学生というベンチャー企業が急成長していたりする。

 「外部性」が働く世界

 ただ、このような現象は東京大学の中でも平均的に生じているわけではなく特定の学部や分野に集中している。自分の友人や先輩の一人がベンチャーにかかわっていたところで、それはちょっと変わった進路を選んだ友達がいたという程度にとどまり、自分自身の具体的選択肢になることはないかもしれない。しかし友人や先輩の複数、また指導教員もベンチャーにかかわっているなどとなれば、ベンチャー企業は進路の選択肢として、俄然(がぜん)意識されるようになる。加えて経済的にも夢をかなえた友人や先輩がいるということは、もちろん重要な誘因となる。起業やベンチャービジネスにはリスクが伴い、事業に失敗する可能性もあるが、多くのベンチャー企業が周辺に存在すれば、一つの企業で失敗しても、隣のベンチャー企業で仕事を見つけられる。要はその地域のベンチャー企業全体が成長していることが大切なのだ。

 このようにベンチャーの創業や成長は平均的に起きる現象ではなく、臨界密度を超えるといっぺんに活性化するという類のものである。ベンチャー企業自身の能力だけでなく、周辺の他のベンチャー企業数や活発さが自社の創業や成長性にも影響する。いわゆる「外部性」が働く世界なのである。

 地域を越えた波及効果

 実はこのような描像は、平等を必要以上に重んじる日本の社会にとっては、しばしば都合の悪いものと感じられるらしい。そのような論者は、一部のみが活性化するのは適切でなく、全国平均的にベンチャーが生まれるような施策を行うべきだという主張になる。上記の「外部性」のメカニズムを理解すれば、全国で平均的にベンチャーが生まれてくるということはあり得ず、どこかに集中投資することに意義があるのは自明である。

 しかし大学発ベンチャーの母体である大学が、政府からの資金、すなわち全国民の税金を得て運営していることから、ベンチャーの議論であっても全国一律の成果を求める傾向がある。米国でもベンチャー投資資金の半分はシリコンバレーに集中している。しかしシリコンバレーの役割をよく観察すると、全米のローカルベンチャーを育成する場にもなっている。

 同様にベンチャー育成における地域間の連携も芽生えており、東京の大学発ベンチャーが地域の大学と連携したり、地方に事業所を構える企業も出始めている。学会などを介して研究者や学生は、大学の枠を越えて多面的につながっており、その結果として、大学は実は全国に広がるネットワークを有している。学術面のつながりは、ベンチャーに関しても地域を越えた波及効果を生むのである。

 閉塞(へいそく)感のある日本の経済を活性化するカギとなる大学発ベンチャーを、広域のネットワーク効果を最大限生かして発展させていくことが重要である。

【プロフィル】渡部俊也

 わたなべ・としや 1992年東工大博士課程修了(工学博士)。民間企業を経て96年東京大学先端科学技術研究センター客員教授、99年同教授、2012年12月から現職。工学系研究科技術経営戦略学専攻教授兼担。57歳。東京都出身。

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