旭化成は、陸上長距離と柔道で無類の強さを誇り、企業スポーツの王者とも呼ばれてきた。だが同社の真の凄味(すごみ)は、競技成績が優秀なだけでなく、社員の士気高揚や社内の一体感醸成という、本来の活動目的を常に両立させてきた点にある。業績低迷もあって、活動目的の達成はおろか、休廃部にすら追い込まれる例が相次ぐなか、独自の地位を守り抜いて来られたのはなぜか。
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◆勝利至上主義でなく
旭化成発祥の地である宮崎県延岡市。周辺自治体を含めると、30近くの関連工場が点在するこの企業城下町に、同社陸上部の練習拠点はある。
午後4時前、選手たちがウオーミングアップのためにクラブハウスからグラウンドへ飛び出していく。目の前を通り過ぎる際、一人残らず丁寧にお辞儀していったのが印象的だった。
旭化成陸上部は、1970~80年代に活躍した宗茂、宗猛兄弟をはじめ、谷口浩美、森下広一といった有力選手を次々輩出。元日の全日本実業団対抗駅伝(ニューイヤー駅伝)では最多となる21回の優勝を誇る。90年代には1秒差で敗れた96年を除き、全て優勝という快挙も成し遂げた。この間、女子でも安部友恵、千葉真子といった有力選手を生み育ててきた。
もっとも、同社は勝利至上主義に傾いているわけではない。
「第1によき社会人、第2によき企業人、第3にオリンピックの勝者たれ」
同社が定めた運動部の運営方針には、競技成績以上に人間性を重んじている旨がはっきり示されている。選手たちの態度からも、そうした方針が一人一人にきちんと浸透していることがよく分かる。
旭化成運動部にはもう一つ特徴がある。
同社の陸上部員は、全員が正社員だ。彼らは一般社員と同じく、工場などで働いている。競技を引退すれば、多くはそのまま働き続けている。