【トップの素顔】大河原愛子(4)日系3世、女性アントレプレナーの挑戦 (1/2ページ)

2015.7.9 05:00

同時通訳の仕事をしていたとき、女性雑誌に取り上げられた

同時通訳の仕事をしていたとき、女性雑誌に取り上げられた【拡大】

 ■父が起業のピザ販売経営に乗り出す

 スイスのジュネーブ大学経済学部から法学部に転籍したものの弁護士にならず、就職のあてもなく、卒業した1964年、22歳で家族の住む東京に戻ってきました。当時、日本の女性は20代前半で結婚するのが一般的でした。私も花嫁修業をしてお見合いをしたものの、海外育ちですから、どうもお見合い結婚はしっくりこない。

 ◆同時通訳のバイト

 それならと24歳のとき、英字新聞のジャパンタイムズで半年間、アルバイトをしました。記事も書きました。毎週木曜日が締め切りでしたが、遊んでばかりいたから夜中に書き始め、朝方、自宅の世田谷区から芝浦のジャパンタイムズまでタクシーで行き、原稿を渡していました。

 次に同時通訳のアルバイトをしました。日本語は十分ではなかったので、フランス語を英語に、英語をフランス語にです。日本語からフランス語と、その逆の通訳がいなかったから、フランス語から英語、英語から日本語のリレーシステムで訳していました。通訳にしても専門用語があって、ずいぶんと勉強しました。

 次第に本格的に働いて社会貢献がしたいと思うようになり、就職活動をしました。しかし、女性で外国生まれということがネックになり、雇ってくれるところはありません。仕方がなく、起業をしようかと考えていた矢先の66年、父が起業したピザ会社の経営に乗り出すことにしたのです。

 父は日本のペプシコーラの経営をしながら、私が帰国した64年にピザ販売会社を立ち上げていました。米カリフォルニアにあるピザ会社の社長から、日本でピザ販売をしないかと勧められたのがきっかけでした。

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