利益水増し問題で「組織的」な不正の存在が認定され、田中久雄社長ら半数の取締役が辞任する事態に陥った東芝。江戸後期に生まれた創業者の田中久重に始まり、石坂泰三氏、土光敏夫氏ら同社を発展させた名経営者の足跡から、難局を迎えた名門企業が立ち戻るべき原点とは何かを探った。
自主性尊重の土光流
調査した第三者委員会の報告書には盛り込まれなかったが、今回の問題には前相談役の西田厚聡氏と前副会長の佐々木則夫氏との対立があったといわれている。佐々木社長時代、西田会長が公然と経営を批判したことが、同社の“ゆがみ”を増幅させたようだ。
東芝の歴史をひもとくと、新旧の社長の対立を契機に見事に再生したことがある。石坂泰三氏は1957年、販売部門出身の岩下文雄氏に社長の座を譲るが、業績が悪化。岩下氏の経営手腕に不満を持った石坂氏は、石川島播磨重工業(現IHI)会長だった土光敏夫氏の招聘(しょうへい)に動いた。土光氏は65年に東芝社長に就任。回想録(私の履歴書)で、「与えられた責務は、減配続きの東芝の立て直しである」と語っている。
2013年、西田氏は佐々木氏を副会長に“棚上げ”し、会長に室町正志氏(現会長兼社長)を就け、社長には田中氏を抜擢(ばってき)。いずれも西田氏に近い人物で、起用が社内抗争を激化させ、今回の問題につながっていったとみられる。対立を次代に持ち込まず、しがらみなく社内の一致をはかった土光改革とは対照的だ。