【トップの素顔】今野由梨 ダイヤル・サービス社長(11) (1/2ページ)

2015.12.23 05:00

1960年代前半、ステージの演出などをしていた歌声喫茶「灯」=東京・新宿

1960年代前半、ステージの演出などをしていた歌声喫茶「灯」=東京・新宿【拡大】

 ■三浦・曽野夫妻との出会いが転機に

 就職できず、手当たり次第、アルバイトを重ねていくうちに、あちこちにネットワークが広がっていきました。なかでも、とびきりビッグな出会いは、ある女性ジャーナリストから「会えるだけでもラッキーよ」と紹介された三浦朱門先生、曽野綾子先生ご夫妻でした。人生の大きな転機になりました。

 ◆新宿探索に案内

 三浦先生は30代前半でしたが、すでに文壇で活躍されていて、まぶしい存在でしたが、まったく偉ぶらないのが印象的で、とてもシャイな方でした。午前中、3時間の口述筆記のアルバイトをいただき、報酬として、くしゃくしゃにした千円札をポケットから出してシワを伸ばしてから渡してくれました。

 昼時に終わると、いつも「ご飯を食べていきなさい」と言ってくださるのですが、私は「約束があります」と嘘をついて失礼していました。空腹でしたけど、人生のどん底にあると、むしろ人の情けを受けたくないという気持ちが強く、「世間にすがって生きるんじゃない」と突っ張っていました。後々、かわいげのない自分を悔やんだりもしました。

 曽野先生も私とわずか5つ違いの20代でしたのに、流行作家として連載をたくさん抱え、精力的に執筆されていました。その日暮らしの自分との違いに愕然(がくぜん)としながらも、働く女性として憧れていました。お二人とはまったく違う世界に住む私の行動に興味を持たれたのか、若者群像のあふれる街、新宿の探索にご案内したりするようになりました。

 行きつけは新宿の中華料理店「大陸」。油の染みついたカウンターに3人並んで座って、ギョーザやラーメンを食べて、それから新宿を練り歩くのがお決まりのコースでした。私がアルバイトしていた新宿の歌声喫茶「灯(ともしび)」では、そこに集う若者群像に興味を持たれ、曽野先生が「ぜったい多数」という小説を書かれました。歌声喫茶で働く女性をモデルに、その女性が多くの若者と出会っていく内容で、私の青春の1ページとだぶって懐かしい思い出です。

産経デジタルサービス

産経アプリスタ

アプリやスマホの情報・レビューが満載。オススメアプリやiPhone・Androidの使いこなし術も楽しめます。

産経オンライン英会話

90%以上の受講生が継続。ISO認証取得で安心品質のマンツーマン英会話が毎日受講できて月5980円!《体験2回無料》

サイクリスト

ツール・ド・フランスから自転車通勤、ロードバイク試乗記まで、サイクリングのあらゆる楽しみを届けます。

ソナエ

自分らしく人生を仕上げる終活情報を提供。お墓のご相談には「産経ソナエ終活センター」が親身に対応します。