【高論卓説】GPSも使いよう… 大学における軍事研究、難しい民生技術との線引き (1/2ページ)

 「戦争」だけが危険であると思い込み、「憲法」と同様に「配給」された「平和」という枕の上に眠りつづけた日本の戦後史というものも、「世界史的」「考察」を下してみるならば、ずいぶんと奇妙なものに違いない。

 これは都留文科大の新保祐司教授が産経新聞の『正論』(8月15日号)に記述した一節である。以下引用を続ける。「戦後のいわゆる進歩的文化人による特殊な『日本史的な、あまりに日本史的な』『考察』は、世界の現状からみれば、もう有効期限がとっくに切れているのであるが、日本では『意気の阻喪』による惰性で生き残っているのである」

 新保教授の文章を引用したのは、大学における軍事研究の論争を想起したからだ。大学および国の研究機関を対象にした防衛省の研究費制度ができて2年がたつ。そこでこれらの研究機関での軍事研究は許されるのか、という議論が横たわる。日本学術会議でも議論があり、大学内でも見解はまちまちである。

 だが、軍事技術として生まれた衛星利用測位システム(GPS)は広く民間で活用されている。軍事技術の研究は、単に軍事にとどまらず、その応用は私たちの生活向上にも役立つ例は枚挙にいとまがない。しかし、日本学術会議や多くの大学は、軍事研究とは関係を持つべきでないとする見解が根強くある。軍事研究の中には自衛のための研究もあろうが、これも認めないというのであれば、「学問の自由」「研究の自由」は守られないことになろう。

大学は、あらゆる研究を認めるべき