【高論卓説】伝統技術、生き残りの術 京都の桶工房、高級工芸品への挑戦 (1/2ページ)

 日本の木工技術が伝統工芸となっている分野に「桶」がある。その京指物の伝統を今も受け継ぐ工房の一つに「中川木工芸」がある。昔は250軒もあった京都の桶工房は、今はたったの4軒。その生き残りの過程には、並々ならぬ挑戦の積み重ねがある。

 そもそも木の桶は、普段使いの雑器というジャンルであり、江戸期に大いに栄えたという。その雑器としての立ち位置が、プラスチックや金属などの手軽に作られる工業製品に取って代わられたことで、その存立が危うくなった。その競争の中で、恐らく生産効率を上げるため、木の桶も本来の木の使い方であった丸太を割って桶に使うことではなく、ある意味、工業製品化するために加工しやすい板材を使って桶を作った。

 しかし、繊維に沿って内部に水が流れる管を持つ木の構造上、その細胞をのこぎりで切断してしまうと、その管から水が木の中に浸透することになり、水をためるという桶本来の機能にまで問題が生じるようになってしまった。そのため、木の桶は廃れて、水をはじくプラスチックや金属に取って代わった。工業化に向けて挑んだ技術のイノベーションが、逆に、本来の木の桶の良さを失わせる結果になってしまったイノベーションの失敗例でもある。

 そうして訪れてしまったピンチを救うために、京の桶工房は、雑器として市民に重宝されていた桶というものを、「ハレの日の器」として、床の間に飾るような高級な工芸品として昇華することで生き残りを図る挑戦を行った。桶本来の水を扱う能力を持ちながら、雑器ではなく高級な水の入れ物として、高級旅館でのおもてなしの道具という立ち位置を手に入れた。これが「プロダクトのリブランディング」である第1の挑戦である。

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