【広報エキスパート】小野薬品工業 誠実、公平・公正を常に心掛け (1/3ページ)


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 □小野薬品工業 執行役員広報部長・谷幸雄氏

 --創業300年を迎えました

 前身である薬種問屋、伏見屋市兵衛商店が、道修町(大阪市中央区)に看板を掲げたのは1717年、江戸時代中期です。「病に苦しむ人々を少しでも楽にしたい」という思いが、薬作りへの情熱として受け継がれてきました。1947年に小野薬品工業としてスタート。医科向け専門の創薬メーカーとして研究開発を積み重ね、血管拡張、子宮や気管支の筋収縮など体内のさまざまな生体反応に関わる生理活性物質「プロスタグランジン」の開発などを手掛け、80年ごろから大きく飛躍しました。

 --しかし、順風満帆ではありませんでした

 2003年以降、自社創製品の開発が立て続けに失敗しました。特許が切れた長期収載品が売り上げの90%を超えるなど12年間、自社製品を上市できませんでした。外部の研究機関などに頼らず、自分たちでできるのではないかというおごりがありました。改めて、オープン・イノベーションの大切さを思い知らされました。

 --そんな中、がんの免疫治療薬「オプジーボ」(ニボルマブ)が誕生しました

 14年、がん細胞を直接攻撃する抗がん剤とは違い、体内の免疫細胞を活性化することによりがん細胞を攻撃する日本発で世界初の「抗DP-1抗体」薬の開発に世界に先駆けて成功しました。多くの種類のがんで、効果のある患者さんには長く効き、副作用が少ないのが特長です。がん免疫治療薬の好調が業績にも着実に反映され、15年3月期の売上高は1358億円、17年3月期の売上高は2448億円と、2年でおよそ1000億円増となりました。

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