【埼玉発 輝く】水野製作所 伝統工芸「押絵羽子板」 若手に技能継承

押絵羽子板の製作現場。着物に使う布や工具が所狭しと置かれている=埼玉県春日部市
押絵羽子板の製作現場。着物に使う布や工具が所狭しと置かれている=埼玉県春日部市【拡大】

  • 水野製作所水野大社長
  • 自社ブランド「華流水」。鮮やかな色彩が特徴だ

 埼玉県春日部市の特産品として知られる押絵(おしえ)羽子板の生産が、現在最盛期を迎えている。押絵とは、布の中に綿を入れて膨らみを持たせる技法。鮮やかな色彩の着物をまとった女性の姿を表現した押絵羽子板は、女の子が生まれて初めて迎える正月に健やかな成長を願って飾るもので、風習として長年定着してきた。しかし、近年は少子化や風習としての衰退もあり、生産量は減少傾向が続いている。

 ◆業界の将来考え

 市内に残る8社の押絵羽子板の製作会社のうちの一社、江戸勝(かつ)の屋号を持つ水野製作所は昨年、水野大さん(41)が父の進さん(71)から社長を継いだ。同社は最盛期の1975年ごろには、年間2万本を売り上げていたが、現在は1万本程度。子供世代が親の仕事に「希望を見いだせない」と跡を継がず、廃業の危機を迎えている会社もあるという。進さんも「先行きが不安定で、大変な時代に跡を継いでもらった。何とか頑張ってほしい」と胸の内を明かす。

 そんな父の思いに応えるため、水野社長は社長就任以来、自社だけでなく、業界の将来を真剣に考えることが増えたという。押絵羽子板の生産減をどう食い止め、復活させるか。テーマは「海外販路の開拓」「国内市場の掘り起こし」そして「伝統の担い手の育成」の3つと考えている。

 海外販路は、かつて進さんが米国のニューヨークやロサンゼルスで試験的に販売したところ、予想を超えた売り上げがあったことから、米国で人気の高いすしや天ぷらなどを出す日本料理店に飾ってもらうための検討を始めた。一度見てもらえれば、チャンスはあるとみている。

 国内では各地に広がる温泉旅館がターゲット。ロビーに置いてもらい、売店などで販売することで日本人はもとより海外旅行者の需要をも取り込む考え。地元の羽子板組合とも相談し、人気のある温泉地の旅館に働きかけをしていきたいという。また、若者向けに人気アイドルグループの着物撮影時に押絵羽子板を持ってもらうという構想も温めている。

 押絵羽子板の現場は70~80代の職人がいまだに現役を貫いている。キャリア20年の水野社長ですら、「私なんてまだまだ。足元にも及ばない」という世界だ。しかし、大ベテランがこれからも長く働き続けることはありえず、現状のままでは将来は暗い。次世代への着実な技能の継承こそ、「待ったなしだ」(水野社長)。

 ◆20代の女性登用

 同社ではすでに顔を描く「面相」の担当に、入社3年目の20代の女性を据えている。面相師として一人前になるためには、5年から10年はかかるといわれることからも、若手の育成の重要性が分かる。今後は押絵の工程を担当する「押絵師」の新たな人材の採用と育成にも力を入れていく。

 最近、面相の工程を「手作業ではなく、印刷で対応している同業者が出てきた」と水野社長は明かす。全ての作業が手作業の押絵羽子板は、本来、職人の織りなす匠の技が光る伝統工芸品。その最大の魅力を諦めざるを得ないほど人材不足が深刻なのだ。

 「押絵羽子板を飾る家庭をもう一度増やすためには、知名度の向上がカギを握る。若い世代が新しいアイデアをどんどん出して、創意工夫を凝らせば将来は必ず明るくなるはず」。水野社長の挑戦は始まったばかりだ。(大楽和範)

                  ◇

【会社概要】水野製作所

 ▽本社=埼玉県春日部市藤塚1727 ((電)048・735・4292)

 ▽設立=1971年4月

 ▽資本金=1000万円

 ▽従業員=10人(2017年11月時点)

 ▽売上高=非公表

 ▽事業内容=押絵羽子板の製作

                ■ □ ■

 □水野大社長

 ■答えのない仕事の奧深さにやりがい

 --跡を継ぐことに迷いはあったか

 「自宅の隣に工場があったので、幼少のころから工場が遊び場だった。自分も作業を手伝ったりしているうちに、自然と押絵羽子板に興味が湧き、『いずれは父の跡を継ぐんだ』という意識が芽生えた」

 --製作において難しい部分はどこか

 「押絵は綿の入れ方が重要で難しい。膨らみを厚くする部分、反対に薄くする部分の強弱をつけることで立体的になり、全体のバランスも良くなる。いくらきれいな着物をまとっていても、バランスが悪いと商品にはならない」

 --顔は細かい造作まで丁寧に描かれている

 「顔は完成するまでに30もの工程がある。細かい筆で目や鼻、髪の毛の生え際を描くが、少しでもずれたりしたら失敗となり、やり直しがきかない。特に、目の中心に描く2ミリほどの点は本当に集中力が求められる」

 --プロから見て、押絵羽子板の良しあしはどこにあるか

 「全体のバランスが良く、細かい顔の造作を描ききっているというのは当たり前。その上で、表情に色気が出ているものが良い。これはなかなか出せるものではなく、日々の鍛錬の積み重ねしかない」

 --仕事で大切にしていることは

 「人間である以上、『少しくらいならいいか』と思うことがあるが、仕事に臨むときはそういった気持ちを一切排除するようにしている。押絵羽子板の製作は、その日の気分や体調によって作品に影響が出ることもある繊細な仕事。この仕事で20年やってきた私でも日々悩みながら取り組んでいる。答えのない仕事の奧の深さにぶつかることもあるが、やりがいのある仕事でもあるので引き続き頑張っていきたい」

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【プロフィル】水野大

 みずの・だい 高校卒業後、21歳のときに水野製作所に入社。押絵師としてのキャリアを積み、2016年に社長就任。埼玉県から県伝統工芸士、日本人形協会から節句人形工芸士などの認定を受けている。41歳。埼玉県出身。

                ■ □ ■

 ≪イチ押し!≫

 ■「華流水」立体感と華やかさが好評

 自社ブランド「華流水(はなりゅうすい)」の引き合いが強い。年間の販売本数のうち8割以上を占める人気商品だけあって、愛着を感じる職人も多いという。

 華流水は、羽子板と布の間に入れる綿の量を一般的な押絵羽子板よりも多めに入れる▽着物の配色は赤やピンクなど鮮やかなものにする▽顔の造作は全て手作業で仕上げる-といった、主に3つの特徴がある。

 特に綿の量を多く入れるのは、立体感をより際立たせる効果があり、創業者である水野社長の祖父の代からの伝統という。

 売れ筋は15号(全長45センチ)で、価格は4万円前後。かつては、25号(同75センチ)が主流だったが、マンションなどの自宅に飾る物としては大き過ぎることもあり、年々サイズダウンしてきているという。

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