ワコム、デジタルインク標準化に挑む OSの壁越え文具市場開拓

「コネクティドインク東京」で講演するワコムの井出信孝取締役=11月2日、東京・汐留
「コネクティドインク東京」で講演するワコムの井出信孝取締役=11月2日、東京・汐留【拡大】

  • 「コネクティドインク東京」の展示スペースでデジタル文具について説明を受ける参加者=11月2日、東京・汐留
  • コクヨのデジタルノート「キャミアップエス」。専用ペンで手書きされた文書はスマホを操作せずに業務システムにデータ入力される=11月2日、東京・汐留

 スマートフォンやタブレット端末などデジタル機器は生活や仕事に欠かせず、タッチパネルに手書き入力できる機種も増えてきた。ただ、紙のノートとペンも手放せない人は依然多い。デジタルペンの筆跡データ(デジタルインク)の技術は、「ウィンドウズ」や「アンドロイド」といった機器のOS(基本ソフト)ごとに異なり、互換性がないため使い勝手が悪いからだ。このOSの壁を乗り越え、ペン入力の市場拡大を図ろうと、デジタルインク技術の標準化を推進する非営利団体が本格的に動き出した。

 「いろいろな業界が興味を示してくれている。デジタルペンとインクで全く新しい世界を創れるとワクワクしている」

 ペン入力のタブレット端末で業界をリードしてきたワコムは11月2日、東京・汐留で「コネクティドインク東京」と題するイベントを開催。来年4月に社長兼最高経営責任者(CEO)に就任する井出信孝取締役は会場でこうアピールした。

 ◆非営利団体を設立

 ワコムはデジタルインクのデファクトスタンダード(事実上の業界標準)として異なるOS間で利用できる独自技術「WILL」を提唱。利用を呼びかけるため無償提供してきた。WILLのアプリを使えば、ウィンドウズや米アップルの「iOS」の環境で作成した手書きの文書やイラストなどがアンドロイド端末でもそのまま利用できるようになる。デジタル文具市場を広げるのが狙いだ。

 イベントには、ワコムが呼びかける標準化に賛同する企業が集結。井出氏はデジタルペンを搭載した製品が次々と発売され、デジタルインクを活用できる環境が充実してきたことに手応えを感じた。

 そもそもデジタルインク技術は、開発哲学の違いからOSごとに個別に発展。それぞれのインク技術に互換性がないため、さまざまなデジタル機器が混在するビジネス環境などでは協働することができない。OSが異なると「書けない」「見られない」ことがユーザーのストレスとなり、デジタル文具市場の成長を抑える要因となってきた。

 ワコムはこの問題を解決するため、中心となって2016年9月に非営利団体「デジタルステーショナリー コンソーシアム インク(DSC)」を設立。ウィンドウズ、iOS、アンドロイドに対応するWILLの普及に乗り出した。

 DSC設立から1年でボードメンバー(運営幹事)、プロモーター(推進会員)とも5社に増加。標準化づくりに理解を示す企業も着実に広がり、米マイクロソフトや独モンブラン、韓国サムスン電子などと共同でデジタル文具を送り出した。

 パートナー企業の増加を「業界を刺激してきた成果」と語るワコム社長兼CEOの山田正彦氏は「ビジョンを語る段階から具体的なものを生み出す段階へ移行しつつある」とみる。

 その言葉通り今回の「コネクティドインク東京」には、文具メーカーからコクヨ、ITから富士通、通信からNTTドコモなど、文具のデジタル化をビジネスチャンスととらえるITや文具、教育といった業界から85社・約200人がかけつけ、各社のユニークな取り組みにじっくりと耳を傾けていた。

 ◆新たな使い方提供

 「タブレットの新しい使い方を提供したいと考え、『紙に書く』という行為に着目。ワコムと協力して徹底的に書き味にこだわった製品に仕上げた」。富士通コネクテッドテクノロジーズの今村誠氏は、来年1月以降にドコモから発売されるタブレット端末「arrows Tab F-02K」を紹介した。

 F-02Kは「書けるタブレット」を目指しWILLを採用し、「距離と空間を超えたコミュニケーションを提供できる」(ドコモの津田浩孝氏)ようにした。汐留の会場では、ブルガリアの首都ソフィアをつなぎ、通話しながら画面上にデジタルインクで書き込んでチャートを作成する「インクコラボレーション」のデモを披露した。

 一方、コクヨはWILLを採用することで、今まで通りの手書きで記録しながら、自動で業務システムにデータ入力できるデジタルノート「CamiApp S(キャミアップエス)」を商品化した。ペンの芯は普通のボールペンなのでメモと同じ感覚で記入できる上、ペン先センサーの動きを読み取って内容をデータ化。ある介護現場では従来1件当たり8分かかっていた記録作業が2分に短縮できたという。

 事業開発センターの田中克明課長は「訪問介護などの現場にはデジタル機器が使えない、どうしても紙がいる、コストが高いといったIT導入の壁がある」と指摘。その上で「今後も医療・介護の現場にフォーカスしてキャミアップエスの知名度を上げていく」と意気込む。

 井出氏は、イベント会場の壇上で筆箱を開けながら「入っているのは全てデジタルペン。デジタルインクに互換性をもたせることでデジタル文具が一般的になり、ペンを文具屋で選んで買う時代がくる。その革新前夜にいる」と、標準化によるデジタル文具の市場拡大を確信する。

 文具もデジタル化が避けられないのは確かだが、OSメーカーの技術覇権への意欲は侮れない。ワコムが考える標準化が順調に進むかは予断を許さない。(松岡健夫)