【奈良発 輝く】菊一文珠四郎包永 刀鍛冶から続く和包丁の魅力、世界に発信

菊一文珠四郎包永の本店に所狭しと並ぶ包丁の数々=奈良市
菊一文珠四郎包永の本店に所狭しと並ぶ包丁の数々=奈良市【拡大】

  • 青鋼墨流の牛刀(上)とペティナイフ

 世界的な和食ブームを受け、外国人の間で人気が高まっている日本製の包丁。国内の刃物メーカーが海外に進出する先駆けとなったのが、鎌倉時代の刀鍛冶を源流とする「菊一文珠四郎包永(かねなが)」(奈良市)である。

 1997年にニューヨークに現地法人を立ち上げて以来、米国全土に販路を広げ、和包丁「KIKUICHI」のブランドを確立した。

 「伝統の和包丁を守り続けることが、刀屋に始まり、包丁屋となった菊一の使命」。同社初の女性トップとなった柳澤育代社長(50)は力を込める。

 ◆プロの料理人も愛用

 国内外から連日、大勢の観光客が押し寄せる奈良市。シカで有名な奈良公園の一角に構える店舗には、多種多様な刃物が所狭しと並べられ、銀色に輝く無数の光が店内を照らす。先代の松岡泰夫会長(78)は「包丁だけでも和洋300種類はある。全国でもうちが1番だろう」と胸を張る。

 同社の歴史は長く、そのルーツは鎌倉時代の刀鍛冶にまでさかのぼる。屋号にある「包永」とは当時、皇室への献上刀を作っていた刀工とされる。1889年に現在の地に本店を立ち上げてから120年あまり。当時の売買手帳は今も保管されており、買い手の住所欄には「西洋人」「支那人」など国外から買い求めた顧客の記録が残る。

 戦前は軍刀なども扱っていたが、敗戦を機に連合国軍総司令部(GHQ)に刀を接収されてしまい、刃物メーカーとして本格的に歩み始めた。

 現在は堺市や岐阜県関市で活動する専属の鍛冶職人が、炭素鋼の和包丁やステンレス包丁のほか、はさみに爪切り、彫刻刀などありとあらゆる刃物を製作。年間1万本以上を販売している。

 97年には、ニューヨークに現地法人を設立。米国の大学で経営学を学んだ経験のある柳澤社長が中心となり、販路を開拓していった。当地で20年にわたって親しまれ、確固たるブランド価値を築き上げた「KIKUICHI」の包丁は、プロの料理人のみならず一般家庭でも愛用されているという。

 ◆観光客向けに活路

 包丁の販売に加え、観光振興にも力を注いでいる。20年前、近鉄奈良駅構内にプライベートブランド(PB)の奈良漬などを販売する「漬菜栄吉」を出店したのを皮切りに、JR奈良駅構内には土産物を取り扱う「奈良みやこ路」を展開。奈良市内に4つのグループ店を次々にオープンさせ、事業拡大を続けてきた。松岡会長は「包丁だけではやっていけない。観光客に必要とされる包丁屋として生き残りを図った」と狙いを明かす。

 柳澤社長が「奈良の観光業を盛り上げたい」と設立した菓子部門では、奈良漬を使ったパウンドケーキやシカをかたどったまんじゅう「かのこ」といったユニークな商品を開発。奈良では「神の使いとされるシカを食べることは不敬ではないか」とされてきただけに、かのこの登場は画期的だった。2016年9月の販売開始からわずか1年で20万個を売り上げ、同社の看板商品に成長を遂げた。

 伝統を生かした取り組みもある。14年には堺から職人を呼び寄せ、ニューヨークやシカゴなど米国内9カ所で包丁鍛冶を実演。長年受け継がれてきた技を守るべく、和包丁の魅力とその歴史を世界に発信している。柳澤社長は「750年もの歴史がある菊一を存続させるために、閑散期でも人が集まるような店を作ることが今後の目標。好立地を生かし、インバウンド(訪日外国人観光客)を捉える取り組みを続けていきたい」と話している。(神田啓晴)

                  ◇

【会社概要】菊一文珠四郎包永

 ▽本店=奈良市雑司町488 ((電)0742・26・2211)

 ▽創業=1255年(鎌倉時代)

 ▽設立=1970年

 ▽資本金=3600万円

 ▽従業員=57人

 ▽売上高=4億5000万円(2016年12月期)

 ▽事業内容=刃物・名産品の販売およびレストラン運営

                ■ □ ■

 □柳澤育代社長

 ■伝統を守り続けるのが使命

 --米国でも和包丁のブランドとして人気が高い

 「菊一は包丁屋として150年、刀屋としては750年もの歴史がある。1997年に米国法人を立ち上げて以来、20年あまり。これほどの歴史がある包丁屋はほかにはない。歴史好きの米国人には『刀を作ってきた菊一』として評価され、知名度も日本の包丁屋では随一だ。現在は、奈良での売り上げが全体の6割ほどだが、リーマン・ショック以前は米国での売り上げが7割を占めていた」

 --刃物以外に、菓子の販売やレストランなども展開している

 「本店は、奈良観光の中心部といえる若草山の麓にある。レストランやプライベートブランドの名産品、鹿まんじゅう『かのこ』は、変化し続ける観光客のニーズに応えようと取り組んできた事業だ。夏冬の閑散期でも観光客に来てもらえるような、菊一にしかない色を出し続けていきたい」

 --経営者として大事にしていることは

 「働き方改革だ。仕事は健康と家庭の安定があってこそできるもの。だから、シフトは社員の働きたいスタイルや、家庭の事情に合わせている。また、社員とは一緒に商売をしている仲間として、同じ目線で物事を考えるようにしている。これから先もずっと、優しい社長であり続けたい」

 --今後の目標は

 「現在、売り上げの85%をステンレス包丁が占めているが、残りの15%を担う鋼の和包丁がブランド全体を支えている。和包丁があるからこそ、ステンレス包丁が生きてくる。これまで包丁鍛冶のデモンストレーションを披露し、多くの人たちに和包丁づくりを宣伝してきた。危機にひんしている伝統の和包丁、包丁鍛冶を守ることが菊一の使命だ」

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【プロフィル】柳澤育代

 やなぎさわ・いくよ 帝塚山大院修了。同大学に入学した当初から、菊一文珠四郎包永の経理に携わる。1997年に米ニューヨークに現地法人を立ち上げ、販路を開拓。2014年、父親で先代の松岡泰夫会長の後を継ぎ、初の女性社長に就いた。50歳。奈良県出身。

                ■ □ ■

 ≪イチ押し!≫

 ■鋼の一層一層が美しい「青鋼墨流」

 「青鋼(あおこう)墨流」の包丁は、菊一文珠四郎包永専属で堺に拠点を置く鍛冶職人が手掛けている。特徴は墨滴が水面に落ちたときにできるような刃の表情。8層に重ねられた鋼の一層一層が包丁を美しく見せ、趣深い。まさに「墨流」の名にふさわしい逸品だ。

 素材となる鋼は、青、白、黄と分類される鋼の中でも、硬さと切れ味、耐久性に最も優れた青鋼を使用。つばには水牛の角を用いている。牛刀とペティナイフの2種類があり、販売担当者は「美しい模様と切れ味の滑らかさから、インバウンドにも売れている」と話す。

 さびにくいステンレス製と違い、定期的に手入れする必要はあるが、その切れ味は段違いでプロの料理人をもうならせる。価格は牛刀が5万2000円、ペティナイフは4万1000円。