【高論卓説】広島高裁の伊方原発「差し止め」

 ■「常識」を逸脱した裁判官の「常識」を問う

 同じ事象であっても、受け止め方や考え方は多種多様で、物事は常に、多様な反応を想定しながら事を進める心掛けが必要だ。一方、社会通念というものもあり、大多数の人々の着地点は、自ずと見つかっていくものでもある。それを越えてもなお、意見集約が図れないと、社会は停滞する。我を張り続けることは、良い意味の「こだわり」が度を越えているとも言える。結果として誰にとっても良いことはないという最悪の事態を生み出すことになる。

 広島高等裁判所が下した、四国電力伊方原子力発電所3号機(愛媛県)の運転差し止めの仮処分は、正にこの象徴である。

 伊方原発3号機が原子力規制委員会の審査に合格し、運転再開をしたのが2016年8月。「世界最高水準の安全」を豪語する日本の規制基準をクリアし、必要な手続きを正当に経た上で再稼働した。しかし、その後、広島、愛媛の両県の住民から運転差し止めの仮処分申請が広島地裁に出された。地裁では昨年3月に申し立てが却下されたが、その後、住民側は高裁に不服申し立てを行い、勝訴。昨年12月13日に、今年9月30日までの運転停止命令が下された。

 理由は、要約すると、伊方原発から130キロ離れた阿蘇山(熊本県)の噴火リスクと火砕流などの影響が「十分小さいとは言い切れない」からだという。

 規制委の規制基準には「火山影響評価ガイド」があり、当然のことながら、伊方原発は、この火山影響評価もクリアしている。3号機に関しては、ガイドラインにのっとり、半径160キロ内にある阿蘇山が対象となり、さらに日本史上最大といわれる9万年前の巨大噴火を評価対象とし合格した。ではなぜ、このようなことが起きるのか。

 一つは、ガイドライン自体に問題があるという指摘だ。ガイドラインで示す影響に関する「十分小さいとはいえない」と表現があまりに曖昧で、言うならば、可能性がゼロではない限りは、認めないという解釈の余地を残している。原発を運用する四電がいくら科学的見地に基づき、阿蘇山で伊方原発に影響を及ぼす巨大噴火が起こる可能性も、それによる火砕流などの影響を受ける可能性も「十分に小さい」と評価しても、裁判官はそれでは足りず、可能性はゼロではないので(運転は)認めないというものだ。

 解釈の余地を残しているガイドラインは、評価方法として問題だ。しかし、司法という公正な場で、社会通念、つまり常識から逸脱した判断がまかり通ることにも大きな問題がある。制度上、申し立て自体は可能でも、それが「通る」ことなのかは司法が常識的に判断すべきである。

 そもそも、日本史上最大といわれている阿蘇山の9万年前の噴火と同規模の噴火が起きれば、伊方原発の安全性以前に、日本全体の安全を心配しなくてはならない。原発だけが危険を伴うと限定する方がよほど危険である。阿蘇山のカルデラ内には数万の人々が居住している。にもかかわらず、130キロ離れた原発にだけ、科学的見地以上の理不尽な要求を行うことが、社会全体の理にかなっているとは思えない。ガイドラインの表現に問題があるとはいえ、国の機関である原子力規制委員会の信頼性も疑わしくなる。

 同原発は、他にも3件の運転差し止めの仮処分を求めた裁判が行われている。電力事業者がこれらの裁判に投じるエネルギーを、安全な原発の運用のために回すことの方が、社会に利すると考えられないだろうか。

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【プロフィル】細川珠生

 ほそかわ・たまお ジャーナリスト。元東京都品川区教育委員会教育委員長。テレビ・ラジオ・雑誌でも活躍。千葉工業大理事。1児の母。父親は政治評論家の故細川隆一郎氏。