【職人のこころ】古代製鉄たたらの神事 民俗情報工学研究家・井戸理恵子

 新春の奥出雲はたたらの神事から始まる。

 古代たたら製鉄を復興した、たたらの総指揮者、木原明村下(むらげ)のところを訪ねたのも「職人出逢い旅」の折。「職人出逢い旅」とは職人と行くバスツアー。20年ほど前、北陸を中心とした職人とのつながりの中で伝統技術を受け継ぐ職人の中に「日本」がある、と直感。近くの職人同士を紹介し、つなげていく。職人同士が一堂に会したいと言い始める。

 旅が始まった。各地から集まった人たちが大型バスに乗り込む。さまざまな業種の職人が集う。職人は職種や棲(す)む地域が違ってもまなざしが似ている。さまざまな辛苦を乗り越えて、精進し、禅定している。聖職者のような面持ちすら持っている。バスの中でこれから行く先の風土、歴史、どういった職人のところを訪ねるか話をする。一人で民俗学の旅をしているよりはるかに楽しい。ためになる。みな各方面においての専門家なのだ。寺を訪れても、神社を訪れても、古民家に行っても、古い庭を歩いていても視点が違う。みな違う視点で違うところをみている。そうした話はおいおいさせていただくとする。

 さて、今回は雪篭りの奥出雲、たたら神事の話。重い雪の降り積もる日。たたらの神事が始まる。巨大な石の棺のような釜を前に闇と煤の重く湿った空気が立ち込める。挨拶すらはばかれるような緊張感が漂う。炉の赤い火がメラメラと村下の顔を照らす。真っ黒な顔で汗を流しながら、火を見つめ、その刹那を見測る。塩で清めた釜には砂鉄と木炭が30分ごとに焼べられ、70時間を超える操業が続く。砂鉄の量は次第に増やされる。開始後5時間ほどでノロ(鉄滓(てつさい))が排出。砂鉄に含まれる不純物と侵食された炉内の土壁だ。従って、ケラ(●)と呼ばれる鋼が生じる頃には炉内は薄くなる。送風が止められ、操業を終え、炉は壊された。この日は必ずといって雪が降る。鞴(ふいご)の音が山にこだまし、その音に応えるかのようにたたらの火が宙に昇る。雪が舞う。火が踊る。雪が火に押され、火が雪を包み、渦が巻き上がる。真っ赤な溶けた鉄が炉から流れ出してくる。

 村下はこの神事には万全な体調で挑まなければならないと言っていた。過酷な操業は過酷な準備と体力作りの上にあった。神事の後、厳しさが張り詰めた空気の中、チリチリと燃える火がしばらく呼応していた。

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【プロフィル】井戸理恵子

 いど・りえこ 民俗情報工学研究家。1964年北海道生まれ。國學院大卒。多摩美術大非常勤講師。ニッポン放送『魔法のラジオ』企画・監修ほか、永平寺機関紙『傘松』連載中。15年以上にわたり、職人と古い技術を訪ねて歩く「職人出逢い旅」を実施中。

●=金へんに母