豊田達郎氏お別れの会、1000人がしのぶ 「米で愛されるトヨタ」実現

昨年12月に88歳で死去した豊田達郎氏のお別れの会の会場に飾られた遺影=1日午前、東京都内のホテル
昨年12月に88歳で死去した豊田達郎氏のお別れの会の会場に飾られた遺影=1日午前、東京都内のホテル【拡大】

 昨年12月に88歳で死去した元トヨタ自動車社長、豊田達郎氏の「お別れの会」が1日、東京都内で開かれた。政官財の各界などから約1000人が集まり、創業家出身でトヨタの海外展開を推進した豊田氏をしのんだ。

 お別れの会の委員長はトヨタの内山田竹志会長が務め、兄の豊田章一郎名誉会長やおいに当たる章男社長らも出席した。

 章男氏は「トヨタ生産方式によって車を造り、米国の人々にも愛されるトヨタにする、という夢を現実にした」とたたえた。同社が1984年に米ゼネラル・モーターズ(GM)と設立した合弁会社の社長に就いた達郎氏は、米国で初めての現地生産を指揮して軌道に乗せた。旧制中学の同級生で長年親交のあった今井敬元経団連会長は「まじめな顔でおもしろいことを言う達郎君がいると、会合がいつも楽しくなった」と、故人のユーモアのあった一面を振り返った。

 達郎氏はトヨタ創業者の故喜一郎氏の次男。章一郎氏の後任として1992年に社長に就任し、95年に病気のため退いた。