【リーダーの素顔】ファンケル社長・島田和幸さん

(井田通人撮影)
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 ■2人の師と出会い独自の経営手腕学ぶ

 肌への負担が少ない無添加化粧品にこだわるなど、独自の経営哲学で知られるファンケルの社長に昨年4月に就任した。キャリアの出発点となったダイエーの創業者、中内功氏(故人)とファンケル会長の池森賢二氏という2人のカリスマ経営者から薫陶を受け、自身も経営トップとなった今、「2人のそばで長く仕事してきた経験が生きている」とかみしめている。

 --社長を託されたときの感想は

 「実は、就任前年の2016年12月に、池森さんから『次はお前が頑張らなきゃな』と声を掛けられていたので、何となくは意識していた。ただ、まさか最高経営責任者(CEO)も兼ねるよう言われるとは思わなかった。『いきなり両方やるのは責任が重すぎます』と言ったら、『トップなら全ての責任を取らなきゃ駄目だ』と返された」

 --最初はダイエーに入社した

 「故郷の広島県をはじめ地方の売り場をいくつも担当し、1993年にダイエーの会長兼社長だった中内さんの秘書になった。中内さんは怖いと聞いていたので最初は気が重かった。8年も務め人生の大きな転機になった」

 --中内氏の印象は

 「とにかく迫力がある人。庶民が物を安く買い、安心して生活できることが、国を豊かにするとの強い信念を持っていた。たとえ世の中が思うようにならなくても精いっぱい尽くすことが大事という考え方も学んだ」

 --ファンケル入社のきっかけは

 「01年初めに(経営悪化で)中内さんが会社を去ることとなり、自分もほぼ同時期に退社した。マルエツで法務部の仕事をした後、ダイエーで秘書として共に働いたファンケルの宮島和美副会長に入社を誘ってもらった。当時は業績がいい会社とは知っていたが、それ以外の知識はあまりなかった」

 --池森氏と中内氏の違いは

 「カリスマ経営者で仕事にすごく厳しい点は同じだが、性格的には全然違う。中内さんは周囲を寄せ付けず、己を貫く印象。池森さんはずっとフレンドリーで人間味がある。ファンケルは80年の創業以来、女性客一人一人のことを心から考えてきた。それは池森イズムがあったからだと思う」

 --足元の業績は好調だ

 「池森さんが13年に復帰してから構造改革を断行した。化粧品と健康食品が2つの子会社に分かれていたのをやめ、研究から販売まで一気通貫で手掛けて総合力を発揮する戦略を明確にした。赤字事業を整理し、15年からは広告宣伝費を一気に倍増させたが、その成果が出始めている。社員が一丸となってやり直そうと、『オールファンケル、ワンファンケル』を全社方針に掲げている」

 --4月に新中期経営計画がスタートする

 「海外での成長が課題。北米では、化粧品ブランド『ボウシャ』の販売が非常に好調なので、さらに確固たるものにしたい。中国では昨年、現地企業と健康食品の販売代理店契約を結んだ。日本を追うように高齢化が進む中国では、かなりの需要が期待できる」

 「当社の化粧品は30~40代女性がメインだが、16年に手薄だった60代以上向けの新ブランド『ビューティブーケ』を立ち上げた。一方、30歳前後のアラサー対策として、この春に新ブランドを投入する。健康食品では、体重・体脂肪を減らす『内脂サポート』を次の人気商品に育てたい」(井田通人)

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【プロフィル】島田和幸

 しまだ・かずゆき 同志社大法卒、1979年ダイエー入社。マルエツを経て、2003年ファンケル入社。取締役、専務執行役員などを経て、17年4月に社長。62歳。広島県出身。

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 ≪DATA≫

 【十八番】大学時代は合唱部の部長。カラオケ好きで、よく歌うのは演歌「津軽じょんがら流れ唄」。

 【趣味】ダイエーで中内氏の秘書を務めていたころは、よく山登りをした。現実逃避が動機だったが、最終的に「日本百名山」の半分以上を制覇したほど入れ込んだ。現在の趣味はゴルフで、始めたのはファンケル入社後の53歳になってから。持論は「ゴルフは失敗のスポーツ」といい、「大の大人が集まって失敗している」と笑う。理屈と使う道具だけは進化していると自負している。

 【好きなお酒】酒造業が盛んな広島県出身ということも手伝い、日本酒が大好き。広島県のお酒では東広島市の「賀茂鶴」や竹原市の「誠鏡」、三原市の「酔心」が好き。甘口でマイルドなお酒が好み。

 【好きな言葉】「逆境はチャンス」。逆境こそが自身を成長させる大きなステップになると考えている。「逃げても成長はなく、むしろ前向きに取り組むことが自身を強く、大きくしてくれる」という。