【職人のこころ】漆器に宿る世界 民俗情報工学研究家・井戸理恵子

 漆職人、角偉三郎さんと一緒に泉涌寺を訪ねたときのことだ。泉涌寺境内の山内寺院にてお抹茶と温かい菓子をいただく。温かい菓子とは柚子の効いた葛湯に小さな白玉のお団子が入ったもの。冬の京都のもてなしである。菓子は如意宝珠のような形の陶磁器に入れられ運ばれてきた。角さんはその葛碗をいたく気に入ったご様子。器の中の菓子よりも器に関心をもたれていた。確かに美しい形をしている。手の中にすっぽり落ち着く様がよい。

 寺の方に伺うと桃山時代のものだという。桃山はいいね、と感心している。蓋を開けると熱々の葛湯。冷めてはいけないと小さなスプーンで食す。葛湯を食すためだけに作られたような金襴手(きんらんで)の碗。とにかく品がよい。品格というのは作ろうと思って作れるものではない。自然な態度に生まれる。絶妙なバランスに感じるのだ。

 器には小さな世界があった。何者にも脅かされない世界。ほーっと器に気をとられている角さんに「漆で、」この器を作ってみたらどうですかと言った。角さんは思ってもいなかった、と言って笑う。

 漆器であれば、如意宝珠のような形も熱々の葛椀もより楽しむことができる。後から思えば、漆器の汎用(はんよう)性、さまざまなシーンにおいて使えるかどうかということにおいてはハードルが高いものだった。しかし、遊び心を忘れず、素直な心を持ち続けることが角さんの作品に投影される。角さんにとっては「出会い」は刹那の瞬間なのだ。銀座で角さんの個展が開催された。友人を誘って赴く。黒と朱の漆の葛椀が並んでいた。手の中にすっぽり収まる。なじむ。あの時の、という顔をして角さんを見ると、角さんはそう、とでも言うように笑った。

 恒例の新橋の「のとだらぼち」へと足を運ぶ。銀座と新橋の境、階段を降りるとそこはもう「輪島」。輪島で会った懐かしい人たちと集う。角さんの漆器で輪島の酒を味わう。輪島の塩で輪島の魚を食す。輪島の言葉が飛び交い、いつしか「東京」は消えた。

 かつて角さんは漆作家だった。いつしか職人であることにこだわるようになった。輪島の同志、仲間の仕事を大切にし、仲間を思いやる。仲間が輪島そのものであるとでもいうように。角さんの仕事には6人の職人の技が関わる。気心知れた仲間の技が角偉三郎の漆器をより高度に美しく、した。

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【プロフィル】井戸理恵子

 いど・りえこ 民俗情報工学研究家。1964年北海道生まれ。國學院大卒。多摩美術大非常勤講師。ニッポン放送『魔法のラジオ』企画・監修ほか、永平寺機関紙『傘松』連載中。15年以上にわたり、職人と古い技術を訪ねて歩く「職人出逢い旅」を実施中。