【スポーツbiz】巨大イベント開催地の未来を平昌で考えた (1/3ページ)

日本勢に初のメダルをもたらしたアルペンスキー女子滑降座位の村岡桃佳選手の滑走=平昌(共同)
日本勢に初のメダルをもたらしたアルペンスキー女子滑降座位の村岡桃佳選手の滑走=平昌(共同)【拡大】

 この稿を韓国・平昌で書いている。9日に開幕したパラリンピックは今が佳境、18日の閉会式まで、まだ数々のドラマを生むことだろう。

 いてつく寒さのなかで、オリンピックが開幕したのは2月9日。11日間のインターバルを経て、パラリンピックは春の暖かさに包まれた。しかし、終了後の景色はどうなっているだろう。気掛かりではある。

 韓国北東部に位置する江原道は首都ソウルからの交通事情の悪さも手伝い、開発が遅れていた。大会開催を機に約11兆ウォン(約1兆1000億円)を投資し、高速鉄道(KTX)や高速道路などインフラ環境を整備、この地をスノーリゾートとして売り出す計画があることは小欄でも取り上げた。

 予算85%がインフラ

 平昌大会全体の予算は約13兆ウォン。その85%を超える額がインフラおよび施設建設に注入された。組織委員会の李煕範会長は、「地方をバランスよく発展させるための資金という性格」と話す。

 これら公共投資と人材雇用が江原道を潤したことは間違いない。しかし大会終了後、投資は去り、雇用の喪失が起きる。

 これは開催国、都市の宿命といってよく、あの1964年、高度経済成長のまっただ中で開催された東京オリンピックですら、翌年は景気後退が起きた。当時の日本はしかし、それを踊り場とし、翌々年から再び右肩あがりの経済成長。国民総生産(GNP)世界2位に駆け上がる活力を持っていた(現在は国内総生産=GDPで国の経済規模を計っている)。

 その後、東京をモデルにオリンピック開催を成長の一里塚としたのが、88年ソウルであり、2008年北京だった。これら都市に共通していたのが「都市力」といわれる活力を保持していた点だろう。経済力、インフラの充実、イベント開催力、市場価値などである。

成功したロンドン、他は都市が疲弊