【山梨発 輝く】信玄餅でおなじみ、創業130周年の桔梗屋に息づく起業家精神 (1/5ページ)

桔梗信玄餅(桔梗屋提供)
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  • 桔梗屋発祥の地に店を構える甲府本店=11日、山梨県甲府市青沼

 1889(明治22)年に甲府市青沼(旧若松町)に産声を上げた和菓子製造販売の「桔梗屋」が来年創業130周年を迎える。1968(昭和43)年に誕生した山梨を代表する銘菓「桔梗信玄餅」を中心に、飲食店、花卉(かき)店、テーマパーク運営など事業多角化を進めてきた。経営の原点には、桔梗屋“中興の祖”として2010年まで4代目社長を務めた中丸眞治相談役(68)の“起業家精神”が息づく。

 年中食べられる餅

 第二次世界大戦で営業を中断した桔梗屋は戦後、旧若松町の甲府本店で事業を再開した。昭和30年代前半まで甘い物が不足し、和菓子景気は良かったというが、生活様式の洋風化とともに洋菓子ブームが到来。「経営が厳しくなり、従業員が辞め家族経営に戻った」(中丸氏)。

 1967年、中丸氏が高校3年の冬、両親に提案したのが、静岡名産で、黒蜜ときな粉をまぶす「安倍川餅」の通年販売。

 「山梨でも旧盆中にしか食べないが、いつでも食べられるようにしたい。『小瓶の黒蜜をつける』『1個ずつ風呂敷包みの形に包装する』などの工夫をし68年夏、発売した」(同)

 購入者からは反響が出始め、中丸氏は甲府の岡島百貨店へ売り込んだ。担当者は「将来、銘菓になる。大福1個10円だから、1個25円、10個入り250円で売ろう」と言った。中丸氏は甲府市内、国鉄の鉄道弘済会や全国の物産展などへも精力的に営業攻勢をかけていった。

「お菓子の美術館」や「アウトレット」も