【開発物語】LIXIL「アクアセラミック」

トイレの最大の悩みである「汚物」と「水アカ」の汚れを同時に防ぐことができるアクアセラミックを使ったトイレ
トイレの最大の悩みである「汚物」と「水アカ」の汚れを同時に防ぐことができるアクアセラミックを使ったトイレ【拡大】

  • 実験に取り組むマテリアルサイエンス研究所の奥村承士研究員
  • 防汚性能が一目で分かるデモ装置。左のアクアセラミックには油汚れが付いていない
  • アクアセラミックを搭載したトイレのプロモーションを担当したトイレ・洗面商品部の中島惣治さん(右)と金野将志さん
  • 2018年3月発売のINAX「SATIS」ノーブルブラック(左)とノーブルトープ

 ■トイレの汚れ・水アカ付着同時に防止

 ≪STORY≫

 「キレイが100年続く」をキャッチフレーズにしたLIXILの衛生陶器「アクアセラミック」が快走を続けている。トイレの最大の悩みである「汚物」と「水アカ」の付着を同時に防ぐことができるのが売り物だ。2016年4月に主要トイレシリーズINAX「SATIS(サティス)」に採用したのを皮切りに、海外でも展開をスタート。発売以来、同社のトイレの売上高を約10%かさ上げする立役者になっている。温水便座をはじめ衛生的で快適なトイレは、世界に誇る日本の文化になりつつあるが、アクアセラミックの登場はこの流れを強力に後押ししそうだ。

 「おー、すごい」-。便器内の色を付けた油汚れがみるみる洗い流される様子を見て、どよめきが起きた。製品化前の完成品をさまざまな部署の社員にお披露目する社内展示会。アクアセラミックを開発したマテリアルサイエンス研究所の奥村承士研究員は、一般の人に比べて便器に対し目の肥えた社員たちの反応に、「これまでの苦労が一気に報われた瞬間だった」と振り返る。

 同社がトイレの汚れの解決に向けてプロジェクトチームを発足したのは、今から二十余年前のINAX時代の1997年。トイレの一番の困りごとは清掃にあると考えたからだ。翌年にはトイレの汚れの原因が4つの要因に大別されることを突き止める。その要因は、過剰な掃除による陶器の「キズ」、ヌメリのもととなる「細菌の繁殖」、そして陶器表面への「汚物」と「水アカ」の付着。とくに汚れの根本原因となる水アカについては地道な研究を積み重ね、メカニズムの解明に成功した。

 そもそもトイレに衛生陶器が使われているのは、陶器表面が水になじみやすく、汚物が付きにくいため。表面が親水性なので、表面に汚物が付いても汚物の下に洗浄水が入り込み、汚れを洗い流す。しかし、陶器の水になじみやすいという性質が、逆に水アカを生み出してしまう原因になっていた。

 具体的には陶器表面に出ている親水性を生み出す水酸基(OH基)と、水道水中に含まれるシリカ(ケイ酸)と呼ばれる成分が化学結合して陶器表面がザラザラになってしまう。この段階では無色透明だが、次第にザラザラに汚れがこびり付いて黒ずんでくる。水アカはいったん付いてしまうとブラシでゴシゴシこすっても落ちない。

 同社はこの解決策の一つとして99年に「プロガード」と呼ばれる技術を生み出す。この技術は陶器表面の水酸基を、撥水(はっすい)性の素材でコーティングすることで、シリカとの化学結合を防止する。ただ、水アカの固着は防ぐことはできるものの、汚れが付きにくいという陶器本来の持ち味を犠牲にしていた。しかもコーティングが10~15年で剥がれてしまうという問題もはらんでいた。

 プロジェクトチームは代々メンバーが変わりながら、汚物と水アカの付着防止という両立困難なテーマに挑戦し続けた。13年8月に着任した奥村氏が取り組んだのも、これまでプロジェクトチームが幾度もチャレンジして実現できなかった、親水性の素材で「水アカ」の固着を防ぐ研究だった。だが、何度も試験を繰り返すがうまくいかない。

 ブレークスルーのヒントは身近なところにあった。奥村氏は09年4月の入社以来、浴槽や洗面器向けの繊維強化プラスチック(FRP)の配合・成形技術の研究に携わってきた。FRPは樹脂にガラス繊維や添加剤などを混ぜて一体成形して製造する。この技術を陶器に応用すれば、表面に水酸基を露出させないで、さらに親水性を高めた陶器ができるかもしれない。

 その狙いは的中。添加剤の選定など長年培った先人たちの財産を生かしながら試行錯誤を続けた結果、超親水性の表面構造を持ち、同時に水アカの固着を防ぐ陶器の開発に成功。掃除の手間を大幅に減らす「アクアセラミック」が産声を上げた。

 何千回にも上るテストも大変だったが、奥村氏が最も難儀したのが社内のトイレで行った試作便器のモニターテスト。「用を足した後の便器を自動でカメラ撮影し、そのモニターをチェックするんですが、当初は食事ができませんでした」と屈託なく笑う。

 LIXILは、キズや細菌にも強く、4つのトイレ汚れの原因を封じ込められる新素材として、トイレのみならず洗面化粧台やトイレの手洗い場など陶器製の水回り商品への展開を加速している。

 アクアセラミックは陶器そのものでトイレの汚れを解決する点が革新的な発明と評価され、同年度のグッドデザイン賞(日本デザイン振興会主催)のグッドデザイン金賞(経済産業大臣賞)に輝いた。

 奥村氏は「自分が欲しくて、あったらいいな、という視点で開発に取り組んだだけ。自分が思っている以上に評価していただき、戸惑いも大きかった」と語る。

 奥村氏の次の開発目標は掃除を全くしなくても清潔性、快適性が保てる陶器の開発だ。「先はまだ見えない」と言うものの、アクアセラミックの成功体験が奥村氏をひと回りもふた回りも大きくしたことだけは間違いない。

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 ≪TEAM≫

 ■新技術の性能 ショールームでPR

 トイレの常識を覆す新しい衛生陶器アクアセラミックは、2016年4月にモデルチェンジするトイレのフラッグシップモデルINAX「SATIS(サティス)」シリーズにまず搭載されることが決まった。アクアセラミックが全社から大きな期待を寄せられる中、プロモーションを担当することになった中島惣治氏らトイレ・洗面商品部のトイレ空間チームはやりがいとともに、これまでにないプレッシャーも感じていた。

 研究所が20年かけてやっと開発を成し遂げたことは、中島氏らも知っていた。だからこそ「新技術を広く世に知らしめたい」(中島氏)というチームの思いもおのずと高まった。

 そして、ユーザーの意見なども聞いてゼロベースから練り上げたのが「100年クリーン 水のチカラで、ずっと輝く」というキャッチコピーだった。キレイが続く特徴を100年という言葉に込めた。

 プロモーションに当たり、アピールポイントをあえて絞った。新サティスには、PRしたい点がたくさんあるが、総花的になってお客さまに響かないとの判断だ。新サティスの持ち味であるタンクレストイレで快適な空間が実現できること、そして目玉のアクアセラミックで「100年クリーン」になることなど3点程度にとどめた。

 極め付きは、アクアセラミックの防汚性能が一目で分かるデモンストレーション装置を開発し、全国の支社・営業所、ショールームにくまなく設置したことだ。中島氏は「社内展示会で見たデモの衝撃が忘れられなかった。このインパクトをお客さまに伝えるにはこれしかないと思った」と振り返る。携帯タイプも作り、手軽に持ち運べる工夫もした。これが当たり、販売増に大きく貢献した。アクアセラミックは社内の仕組みも変えた。新製品発売が決まると、これまでは発売前に全国の支社・営業所から代表者を集めて、新製品の説明やプロモーションをレクチャーしていた。だが、新サティスからは中島氏ら担当者が支社・営業所に赴き、全員に直接レクをする態勢に改めた。中島氏は「LIXILは5社が統合して発足したので、トイレ、バス、キッチン、ドア、窓など担当によって専門性が異なる。アクアセラミックの知識を全員が持つことは結束につながった」と話す。アクアセラミックは、LIXILに大きな転換をもたらしているようだ。

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 ≪MARKET≫

 ■多機能化、高機能化で販売単価上昇

 経済産業省の生産動態統計によると、2003年から15年間の水洗式便座の販売数量は、06年の349万8000台をピークに減少し、リーマン・ショック後の10年は263万4000台まで落ち込んだ。だが、それ以降は270万~290万台で推移しており、16年は276万3000台だった。

 一方、出荷金額は08年の451億円から漸減傾向にあるものの、販売台数が減ったにもかかわらず、出荷金額が増える年も散見される。最新の16年も販売台数が前年に比べて0.13%減ったが、出荷金額は1.5%増の353億6000万円だった。要因として、トイレの多機能化、高機能化で販売単価が上昇したことが挙げられる。

 トイレは年を重ねるごとに進化を遂げている。LIXILを例にとると、今では一般的に普及し、日本のトイレ文化の象徴ともいえる温水洗浄器付き便器を1967年に国内で初めて商品化。トイレ素材としては、今回のアクアセラミックの前には、銀イオンを含む抗菌便座、水アカ汚れに対処する「プロガード」などを開発している。さらに節水技術も進化を遂げ、当初洗浄に20リットルを使っていたものが6リットル、5リットル、4リットルと少なくなっている。

 業界で初めて開発した便フタ・便座が自動開閉するフルオート便座や、自動で便座を洗浄するフルオート便座洗浄も徐々に浸透しつつある。

 最近は快適性がトレンドになっているという。タンクレスなどモダンなデザインを取り入れ、便器だけでなく空間としての快適性が重視されるようになっている。LIXILトイレ・洗面商品部の金野将志氏は「過去30年間変わっていなかった脱臭性能についても、新技術を編み出し実用化を果たした。トイレはまだまだ進化していく」と話している。

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 ≪FROM WRITER≫

 何人もの担当者が世代交代をしながら、20年もの長い時間をかけて一つの技術を追求したことにまず驚いた。

 トイレは、誰もが身近な住設機器ではあるものの、サプライヤーは寡占化している。だからこそ、サプライヤーが本気を出して開発しなければ、われわれの生活は変わらない。清掃性をキーワードにトイレ開発を続けたLIXILの社員には、世のためになる技術を生み出そうという執念を感じた。

 LIXILの強みの一つは、統合した5社にそれぞれ専門性があり、その技術を他の違う分野に生かせることにもありそうだ。今回のアクアセラミックも、トイレとは関係のない浴槽の繊維強化プラスチック(FRP)技術がブレークスルーを呼び込んだ。統合は規模拡大とともに、技術の発展にも大きく寄与していきそうだ。(小熊敦郎)

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 ≪KEY WORD≫

 ■アクアセラミック

 LIXILが開発した新しい衛生陶器。汚物汚れ、水アカ汚れを同時に防ぐとともに、キズ汚れ、細菌汚れのトイレの4つの汚れ全てに対応できる。陶器表面の親水性を保って汚れを付きにくくしながら、水アカの固着も防ぐ技術を編み出して実用化した。2016年発売のトイレINAX「SATIS(サティス)」シリーズに採用したのを皮切りに、洗面化粧台やトイレの手洗い場など水回り商品へ用途を広げている。