【ホープクーリエの旗手 藍澤證券の100年】(5-3)

藍澤基彌会長
藍澤基彌会長【拡大】

  • 上海株などの影響を大きく受ける香港証券取引所(ブルームバーグ)
  • 香港、台湾、韓国のアジア株取引の開始
  • 駐日イスラエル大使館および日本イスラエル商工会議所より「日本・イスラエル・ビジネス交流貢献企業表彰」を受賞
  • 第一勧業信用組合との提携調印式
  • 西京銀行との提携調印式
  • 角道裕司専務取締役

 ■成長の果実を顧客へ、アジア市場を開拓

 ◆日本市場を席巻、米投資家の投資術

 金融ビッグバン以降、証券各社は経営戦略を模索。その後のインターネットの普及もあり、売買手数料を下げて個人投資家を取り込むネット証券が台頭、一方で大手は投資銀行を目指す動きが活発化した。そうしたなか、藍澤證券はアジア株の売買仲介に打って出た。2000年には中国の香港、台湾、韓国の各取引所での取り扱いを開始。その後06年以降タイ、マレーシア、シンガポール、フィリピン、ベトナム、イスラエルなど12市場に手を広げた。13年には米国株の国内店頭取引も開始した。

 「今後、アジアの成長はあきらか。成長の果実を顧客の投資成果につなげたかった」。藍澤基彌会長には、証券業界に身を投じた昭和40年代の記憶が鮮明に残る。当時、米国の機関投資家が日本の経済成長に目を付け割安株に積極的に投資し、多くの利益を上げているのを目にしていた。1ドル360円の時代。「強い通貨を持つ成熟した国から新興国への投資は非常に効率性があり、高いパフォーマンスが見込める。流れ込む資金が、その国の経済、産業をさらに成長させる。その好循環を生み出すことこそ、証券業の存在価値だ」(藍澤基彌会長)

 藍澤證券が進出した12カ国の1人当たりGDP(国内総生産)は、香港やイスラエルを除けば日本よりもはるかに低水準にある。中国やタイ、インドネシアも1980年以前の日本の水準にとどまっている。それだけ伸びしろが大きいことを意味している。その分、現地の証券業界も整備が遅れており、取引先の開拓には困難もあった。「日本の顧客にアジア株を売買してもらうには、手掛かりとなる現地情報が重要。当初は情報をもらう代わりに日本からの注文を出す条件で、地元の証券会社を1社ずつ回り関係を築いていった」(同)

 ◆12市場でリスクヘッジ

 現在は注文処理の方法は様変わりし、12市場のうち9市場ではダイレクト、リアルタイムにアクセスできる仕組みとなっている。現在取り扱い可能なアジア株は約3300銘柄に達するが、「新興国はカントリーリスクが大きい」(同)のも事実だ。「投資には十分な現地情報の提供が不可欠」(同)。顧客向けに投資情報ツール「グローバルナビゲーター」を提供している一方、自社内にアナリストを配置、現地の情報網から寄せられる最新情報なども合わせ、情報提供のインフラ整備が進められてきた。

 顧客への十分な情報提供で同社がこだわっているのが、支店窓口での対面営業だ。従来は東京と創業家の地縁がある静岡県の拠点が中心だったが、2002年に大阪に地盤を持つ平岡証券と合併、13年には中国地方を地盤とする八幡証券(広島県)を完全子会社化し、全国の支店数は43に拡大した。17年には日本アジア証券も完全子会社化し、今月1日に吸収合併した。

 地方銀行の支店や郵便局しかなかった地域に支店を出し、対面営業を行うことで、地域の金融サービスに厚みを持たせることができる。資産運用の選択肢を広げることは「より多くの人に証券投資を通じ より豊かな生活を提供する」という同社経営理念にまさに合致する。投資は十分な情報に基づく分析とリスクヘッジが必要で、ばくちのような思惑取引はしない。創業者以来の投資哲学が現在も脈々と生き続けているのだ。

 アジア株のエキスパートである藍澤證券だが、日本の国内市場はどうみているのか。「企業経営者のマインドが変わってきた。株の持ち合い解消などを経て、自社の株価変動を恐れず、事業戦略や取り組みを開示し株主と向き合う経営者が増えてきた。市場の透明性も高く、投資対象として十分な魅力がある」(同)と意外に評価が高い。各支店で顧客の投資相談に乗る場合、国際分散投資が重要で、最低でも金融資産の三分の一はアジア株などの外国株で運用することを勧めることが多いという。「富と喜びと希望を与える」、ホープクーリエを目指す同社の取り組みは今後も注目を集めそうだ。

 ■地域連携ビジネスで成果の最大化目指す

 ◆地域金融機関と提携へ

 藍澤證券は2000年以降に進めてきた平岡証券や八幡証券、日本アジア証券などの買収・合併で、従来の関東・中部エリアから、関西、中国地方までを網羅する支店網を手に入れた。これらの拠点の活用策は、ここ数年で加速度的に構築されたものが多い。同社が地域密着型ビジネスを確立した背景には、藍澤基彌会長に請われ10年に入社した角道裕司専務の存在が大きい。

 10年6月、みずほ銀行の証券・信託業務部長などを歴任してきた角道専務は、入社後3カ月ほどをかけて、藍澤證券の強みや弱点を分析し、地域で複合的な金融証券ビジネスを展開することなどを柱とする新経営戦略を提案した。

 着目したのは高齢化などを背景に増加傾向にあった顧客の相続問題。顧客が亡くなった際、遺族は故人の預り資産を引き出して財産分与や相続税に充てることが多いが、証券会社にとっては資金流出だ。これに対し、支店網を拠点に早い段階から顧客や家族と信頼関係を築き、生前贈与スキームを駆使した“争族”回避策や、資産形成法を提案し、不必要な資金流出を食い止めるというアイデアだった。

 「これを現実化するためには、証券会社だけの信用力では不十分」。角道専務はそう結論付け、地域の銀行や信金、信組との提携が不可欠だと強調した。「投資や運用への抵抗感は根強い。訪問営業時、顧客と証券マンとの間の空気は4度くらいに冷たい。これを23度に上げ、提案を聞いてもらえる空気をつくる」(角道専務)

 この提案に膝を打って賛同したのが藍澤基彌会長だった。基彌会長も90年代に同様の戦略を検討したことがあったが、当時は結実しなかった。「ぜひとも取り組むべきだ」。基彌会長の後押しで提携先のリサーチが始まった。

 ◆支店でつなぐ銀行、大学、企業

 13年に買収した八幡証券(広島県)は中国地方を拠点とし、山口県の第二地方銀行の西京銀行と業務上のつながりがあった。これを頼り、藍澤證券は同行から紹介された山口県の中小企業に、他地域の顧客や大学研究室など連携先を積極的に斡旋(あっせん)した。これまでも藍澤證券は顧客企業に対し、アジアへの事業展開や現地でのIPO(新規上場)を支援する活動などで多くの実績があり、13年には関東財務局などから中小企業経営力強化支援法に基づく「経営革新等支援機関」に証券会社として初めて認定された経緯がある。広域連携によるビジネスマッチングを成功に導き、西京銀行と地域企業双方に多くのメリットが生まれた。当該地域では藍澤證券の預り資産が増えるなどの効果もあった。

 この取り組みは、西京銀行内でも評価され、15年に西京銀行と藍澤證券は、包括提携した。(1)中小事業主の課題解決に向けた連携(2)個人顧客に対する商品、サービスの高度化に向けた連携(3)人事交流-などが柱。地方の銀行と独立系証券会社の包括提携は国内初の試みで注目を集めた。

 17年には第一勧業信用組合(東京都新宿区)とも同様に包括提携した。両機関で物産展や起業セミナーなど開催しながら各取引先の事業マッチングやアジア圏への進出サポートなどを行いたいとしている。

 角道専務が掲げるキーワードにクロスボーダーがある。「県境や国境など地域性の壁、銀行・証券などの業種の壁、企業、大学の壁も超えてつながり、互いに力を合わせることで、成果の最大化が見えてくる」と力説する。また、藍澤證券が提供するのは証券仲介など得意業務だけでなく、相続や事業承継、国内外のビジネスマッチング、産学連携、人材確保までソリューションでなくてはならない。2つを合わせた「クロスボーダー・ソリューション」こそ、藍澤證券の事業コンセプトとなった。同社は今、大学や税理士法人、金融機関などと提携しながら広域で事業を展開する体制を整備しつつある。

 同社は、種から芽吹く双葉をイメージしたロゴマークとともに「クロスボーダー・ソリューション」という言葉を商標登録した。ロゴマークは「人と人をつなぎ、笑顔にする」をコアコンセプトとし、中央の双葉は人と社会の成長・発展と新しいひらめきを表し、全体のシルエットはインフィニティ(無限大)の意味を込めている。

 「預貯金しか選択肢がなかった地域で金融・証券、相続などのソリューションサービスを提供すれば喜ばれる。活動が定着すれば、顧客と営業マンとの空気がもっと温まるはずだ」(同)

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【プロフィル】藍澤基彌会長

 あいざわ・もとや 慶大経済卒。1965年4月日本勧業証券(現みずほ証券)入社。73年藍澤證券入社。常務取締役を経て79年代表取締役社長。98年6月代表取締役会長。2008年代表取締役社長。18年7月から現職。75歳、東京都出身。

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【プロフィル】角道裕司専務取締役

 かくどう・ゆうじ 大阪大経済卒。1982年4月、富士銀行(現みずほ銀行)入行。グローバル企画部統合企画室上席調査役、勧角証券株式会社(現みずほ証券)経営企画部長、みずほ銀行証券部長、同証券・信託業務部長などを経て2010年5月、藍澤證券顧問。常務執行役員、取締役、常務取締役を経て17年4月から現職。59歳、奈良県出身。