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奇跡のような、大分国際車いすマラソン

  2020年東京オリンピック開幕まで24日で残り8カ月、パラリンピックまで25日で9カ月を切った。これからは代表選手の選考が注目を集めていく。

 秋晴れの17日に開かれた「大分国際車いすマラソン」は代表選考レースとなる来年のワールドカップ出場権をかけた白熱したレースとなった。ただ、ここで書こうとしているのはそのレースぶりではない。今年で39回となった大会の持つ意味、重さについてである。(産経新聞客員論説委員・佐野慎輔)

 初の単独大会として

 この大会は1981年、国際障害者年に合わせて始まった。「マラソン大会にでてみたい」という車いすランナーの声を聞き、奔走したのは「日本のパラリンピックの父」中村裕である。

 ふつう車いすマラソンといえば、東京マラソンのように市民マラソンに併設されている。しかし大分国際は世界初の車いす単独大会として始まり、いまや世界のトップランナーが目標とする大会に育った。今年も日本を含む19カ国から236選手が大分市内を駆け抜けた。

 当初は中村が65年、別府市に創設した障害者の社会復帰を促進する社会福祉法人「太陽の家」が運営の主体だった。いまは、県庁内に設けられた事務局が中心となって運営にあたる。規模の拡大、晩秋の風物詩として定着するとともに県主導となっていったわけである。

 大会事務局の渕野勇事務局長はこう話す。「今年は17人の職員が事務局を担当していますが、県民、市民、そして2000人のボランティアが大会を創られた先人たちの思いを共有しあっている結晶です」

 確かに当日は広瀬勝貞大分県知事や佐藤樹一郎大分市長らがスタートから閉会式まで見守った一方、コースでは多くの市民、ボランティアが声援を送り続けた。前日の開会式は市内の繁華街の一角にある広場で行われ、買い物や食事に訪れた人たちが足を止めて選手たちの会見に聞き入る姿がみられた。地元の高校ブラスバンドの先導で選手たちがパレードすると、街のあちらこちらから「明日楽しみにしているよ」と声がかかった。

 「大分は特別なところ、毎年来ることを楽しみにしている」-エリート選手が集まるマラソンのクラスで8度目の優勝を飾ったスイスのマルセル・フグ選手の言葉である。

 車いす選手と市民の交流は毎年みられる光景だ。地元の人に聞くと「毎日、車いすの人が走っているのは見慣れた風景」という。そう言われれば大分の街並みは段差がなく、歩道も広く余計な障害物がないから車いすは走りやすい。39回開催の大会の重さといってもいい。

 地域活性化の好例

 スポーツ庁は2017年、「スポーツによる地域活性化」の事例として全国12例をあげて漫画冊子を作成した。

 その一つに選ばれたのが「大分と国際車いすマラソン大会」である。1人の医者の奮闘で生まれた車いす大会が街に何を与えたのか、その好例として紹介された。

 この大会はソニー、ホンダ、オムロンに三菱商事、富士通、デンソーといった企業群が長らく支援している。いずれも中村の趣旨に賛同、太陽の家との共同出資の会社を創設し、障害者に働く場を提供してきた。各社は毎年、大会を協賛するとともに多くの社員をボランティア、応援団として送り込み、盛り上げる。ぶれない、年季の入った支援が大会を支えている。

 いま、事務局には各地の自治体から視察が相次ぐ。しかし、この奇跡のような大会までには多くの情熱と時間がかかることも理解しなければならない。

【プロフィル】佐野慎輔

 さの・しんすけ 1954年生まれ。富山県高岡市出身。早大卒。産経新聞運動部長やシドニー支局長、サンケイスポーツ代表、産経新聞特別記者兼論説委員などを経て2019年4月に退社。笹川スポーツ財団理事・上席特別研究員、日本オリンピックアカデミー理事、早大非常勤講師などを務める。著書に『嘉納治五郎』『金栗四三』『中村裕』『田畑政治』『オリンピック略史』など多数。

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