スポーツbiz

東京オリンピックの風向きが変わった

 産経新聞客員論説委員・佐野慎輔

 開催まで4カ月を切り、東京オリンピック・パラリンピックの風向きが変わった。国際オリンピック委員会(IOC)が開催について初めて「延期を含めて検討に入る」と発表した。

 世界保健機関(WHO)が新型コロナウイルスの感染拡大を「パンデミック(世界的な大流行)」と認定して以来、開催をめぐる論議は高まっていた。トランプ米大統領の「1年延期」論が代表例に挙げられよう。

 しかしIOCはかたくなに7月24日開催にこだわり続けた。6年間、準備を進めてきた組織委員会や日本政府も同様である。

 感染拡大で延期

 オリンピック競技大会は1896年から始まった4年間のオリンピヤードの初年(2020年は第32オリンピヤードの1年目)に開催されるとオリンピック憲章に明記されている。開催を財政面で支援するテレビ局やスポンサーにも配慮しなければならない。東京の準備を考慮するとともに、2020年7月を目指してきた選手たちの思いを何より大事にしたい。206の国・地域から1万1000人もの選手が参加する地上最大のイベントの開催の是非は思うほどたやすくはない。

 IOCはWHOなど諸機関、日米をはじめとする各国首脳と情報交換、開催への道を探ってきた。しかし予選会が中止となって代表決定が遅れ、外出禁止で選手たちは満足に練習もできない。各国・地域オリンピック委員会(NOC)から延期要請も続いて今回の発表となった。

 一方でIOCは「中止は何の問題解決にならず、誰の助けにもならない」と強調、中止論を封殺した。組織委員会、東京都や日本政府も同様である。関西大学が発表した宮本勝浩名誉教授の分析によれば、大会が中止されると約4兆5151億円の経済損失が生じ、1年の延期では約6408億円とされる。日本が中止したくない理由である。

 カナダのオリンピック、パラリンピック委員会が「今年の開催なら不参加」と発言する中で、検討期間は4週間。選手たちを思えば早く結論を出すべきだろうが、クリアしなければならない壁は決して低くない。

 困難な仕切り直し

 憲章、あるいは東京都との開催都市契約に準ずるならば年内開催。選手たちには望ましいが、それまでにパンデミック状態が終息しているとは思われない。加盟国・地域の選手が平等に参加機会を得ることが前提。放送権を持つ米3大テレビネットワークのNBCが納得しても競技会場を優先的に押さえることはできるか。プロ野球、Jリーグとの兼ね合いは難しい。

 1年後の夏は7月に福岡で世界水泳、8月に米オレゴン州で世界陸上が開催予定。今年開催予定のサッカー欧州選手権も1年後の6月24日開催に延期される。影響は必至だ。秋だと選手のモチベーションはぎりぎり持つだろうが、NBCの意向と競技会場問題もある。新型コロナ感染も本当に収まっているのか、疑わしい。

 2年後には2月に北京冬季オリンピック、11月にサッカーのワールドカップがあり、スポーツ関係者は忙しいものの、逆に盛り上がりは期待できる。競技会場は大丈夫だろうが、問題は選手たち。代表選考のやり直しとなり、選手生命が気になる選手も出てこよう。もはや新しい大会と認知せざるを得ない。そして選手村に予定している分譲マンションの引き渡しは予定通り23年3月とはなるまい。

 どう転んでも影響は出る。オリンピックはそれほど巨怪化した存在となった。1927年、創始者ピエール・ド・クーベルタンは「もし輪廻(りんね)転生があり、100年後に生まれ変わったなら、私はオリンピックを壊すだろう」と“予告”した。変革の岐路に立つオリンピックは、感染症というこれまで考えてもみなかった敵に悩まされている。

【プロフィル】佐野慎輔

 さの・しんすけ 1954年生まれ。富山県高岡市出身。早大卒。産経新聞運動部長やシドニー支局長、サンケイスポーツ代表、産経新聞特別記者兼論説委員などを経て2019年4月に退社。笹川スポーツ財団理事・上席特別研究員、日本オリンピックアカデミー理事、早大非常勤講師などを務める。著書に『嘉納治五郎』『金栗四三』『中村裕』『田畑政治』『オリンピック略史』など多数。

Recommend

Ranking

アクセスランキング

Biz Plus