変貌する電機 2020年代の行方

ネット軽視を教訓に “メガトレンド”に挑むソニー

 毎年1月、世界の主要IT企業が一堂に会する場がある。米ラスベガスで開かれる世界最大の家電IT見本市「CES」。国内電機メーカーの凋落(ちょうらく)を象徴するかのように、ここ数年、日本企業の存在感は乏しかったが今年は違った。会場の雰囲気を一変させたのはソニーだった。

 暗闇の中、車体前面の「S」の形をしたエンブレムが白く光り、左右に光の筋が伸びて動き出す。1月6日、電気自動車(EV)の試作車「VISION-S」を披露すると、会場は大きなどよめきに包まれた。

 極秘プロジェクト

 吉田憲一郎社長兼最高経営責任者(CEO)は「この10年間のメガトレンドは『モバイル』だった。次の10年は『モビリティー』になる」とスピーチ。EVへの並々ならぬ思いを世界に印象付けた。開発責任者の川西泉執行役員が「サプライズを起こせるのかドキドキした。気づかれないようにコンテナで運び、リハーサルもできなかった」と明かすように、VISION-Sの公開は社運を賭けたプロジェクトに乗り出す宣言だった。

 「これからモビリティーの世界は必ず大きくなる。人の生活を変える」。ソニーとして、モビリティーにどうアプローチすればいいのか。吉田社長や十時裕樹副社長兼最高財務責任者(CFO)らごく数人しか知らない極秘プロジェクトが動き出したのは2018年春だった。

 議論を重ねた結果、決まったのはEV試作車の開発。製造の委託先はオーストリアのマグナ・シュタイヤー社。トヨタ自動車が昨年、17年ぶりに復活させたスポーツ車「スープラ」の生産委託先だ。マグナへの製造委託は、モビリティーに対するソニーの本気度を何より物語る。

 エンタメにこだわり

 完成したVISION-Sは随所にモビリティーに対するソニーのアプローチが見て取れる。強みを持つカメラ画像処理用半導体「CMOSイメージセンサー」などセンサー33個を搭載して自動運転に対応。360度オーディオによって、車内で立体感のある音を楽しめるようにエンターテインメント性にもこだわった。

 VISION-Sで新技術を検証し、自動運転を想定した車内での過ごし方も探るが、川西氏は「車とITの融合でソニーがやれることは多い」とみる。第5世代(5G)移動通信システムやクラウドと連携した試験も行い、新たなテクノロジーを提案していく。

 ソニーは電機大手8社で、この10年の間に唯一、営業利益率10%を達成している。エレクトロニクス事業の不振で、2009年度から14年度までの6年で5度も最終赤字を計上したが、18年3月期に20年ぶりに営業最高益を更新し、復活を印象付けた。

 立役者は13年12月に子会社のソネットから本体の経営に参画した吉田氏と十時氏だ。スマートフォンの普及に伴い、CMOSイメージセンサーに集中投資。一方でテレビ事業の分社化やパソコン「VAIO」の売却など構造改革を矢継ぎ早に打ち出し、事業の「選択と集中」を推進した。従来のハードの売り切りから、ゲームや音楽、映画などソフトの配信で稼ぐ「リカーリング」(継続課金サービス)モデルも取り入れた。

 組織再編し潜在力引き出す

 一連の構造改革の起点は、インターネットというメガトレンドに乗り遅れた苦い経験だ。ソニーはネットを軽視し、2000年代に深刻な打撃を受けた。その頃、ソネットに出向していた吉田憲一郎社長兼最高経営責任者(CEO)と十時裕樹副社長兼最高財務責任者(CFO)はネットで世界が変貌する姿を目の当たりにした。ソニーが業績の立て直しに奔走している間に、「GAFA」と呼ばれる米国の巨大プラットフォーマーが多大な利益を獲得するビジネスモデルを確立するに至った。

 世界で戦う収益力を回復した今、次のメガトレンドは逃さない。VISION-Sの発表は、そうした強い意思の表れとも読み取れる。

 そのための組織変更も決断した。来年4月に63年ぶりに「ソニーグループ」に社名を変更。ソニーグループは本社機能に特化し、傘下に祖業のエレクトロニクス事業をはじめ6つの事業会社を置くことにしたのだ。

 高収益企業に転換したソニーも、新型コロナウイルスの感染拡大には抗(あらが)えず、21年3月期の営業利益は前期比27%減の6200億円を見込む。その最中に発表された組織変更によって、ソニーは事業会社6社によってリスク分散する「複合経営」を強める姿勢を鮮明にした。

 だが、社名を変えてまで組織を変更するのは「守り」のためだけではない。真の狙いは、インターネットのメガトレンドに乗り遅れた過去の反省を踏まえ、本社が腰を据えて長期的な戦略を描くことにある。本社が主体的に新規事業を探し、自社のテクノロジーを組み合わせることで次世代に向けた種まきを行うのだ。

 みずほ証券の中根康夫シニアアナリストは「吉田氏は本体を客観的に見る視点を持っている。違う事業間のシナジーの存在を経験から確信している」と評するが、組織変更にはグループの潜在力を最大限に引き出し、メガトレンドに挑む強い思いがにじむ。その意味で、半導体とエレキを組み合わせたVISION-Sはソニーグループの象徴ともいえる。長年培ってきたテクノロジーをどう生かし、事業化するのか。モビリティーへのアプローチは大きな試金石となる。(黄金崎元)

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