変貌する電機 2020年代の行方

東芝・小林前社外取締役「技術を中心に付加価値を社会に提供するリーダーに」 (1/2ページ)

 東芝の社外取締役と取締役会議長を7月末で退任した小林喜光前経済同友会代表幹事(三菱ケミカルホールディングス会長)がフジサンケイビジネスアイのインタビューに応じた。2015年の不正会計問題の発覚を受けて、社外取締役に就任し、経営再建のキーマンとして東芝を支えてきた。小林氏は車谷暢昭社長について「(改革の)スピード感はピカイチ」と評価。今後の東芝について「技術を中心に付加価値を社会に提供するリーディングカンパニーであってほしい」と期待した。(聞き手 黄金崎元)

 --社外取締役を退任したが、率直な気持ちは

 「正直、よくここまで来たと思う。米原発子会社ウエスチングハウス(WH)の巨額損失、米半導体会社ウエスタンデジタル(WD)との事業売却をめぐる争い、PwCあらた監査法人との対立による上場廃止危機を『3大Wの悲劇』と呼んでいるが、何とかくぐり抜けた。第三者割当増資で物言う株主が増えたが、今は欧米の金融資本主義の中で、もがき苦しみながら、一番先頭を走っている会社という印象だ」

 --この5年で一番印象に残っていることは

 「WHが米連邦破産法第11条(チャプター11)を適用申請して海外の原発建設事業から撤退したことだ。数兆円レベルの隠れた負債があり、チャプター11を適用申請しなければ、大変なことになっていた。結局、不正会計につながったのは原発事業が大きかった。メモリー事業も大きな投資が必要で、それで他の分野が疲弊していた。こういう大事件がなければ、政府絡みの原発や投資が必要な半導体は切れなかった」

 --他事業も切り離し、社会インフラを中心とした会社になった

 「キャッシュがなくなり、東芝メディカルシステムズを売却せざるを得なくなった。原発と半導体、医療機器の3つの事業を切り離し、現在のインフラサービス事業に転換できた。テレビやパソコンも売却した。大手術を通り越して、もともとあった事業はどこへ行ったのかというぐらい変革した。普通は1回くらい何かあって、首の皮1枚つながったというが、これだけ危機を重ねたのは、そうそうない。よく短期間で1つ1つ解決したと思う」

 --火中の栗を拾う形で、経営再建に取り組んだ

 「私の大学時代のクラスに学生は50人いたが、優秀な4人が東芝に入社した。1人はCTO(最高技術責任者)、1人は半導体研究所の所長になった。当時から東芝は日本のテクノロジーの原点だった。ベンチャー精神が豊かな会社がどうして不正会計でおかしくなったのかと気になっていた。そんな時に足の悪い(相談役だった)西室泰三さんが『この会社を救ってほしい』と尋ねてきてくれた。西室さんとは同郷で、同級生と一緒によく食事をして財界活動を教えてもらった。経済同友会の代表幹事になったばかりで一度は断ったが、同友会は行動する団体でもあり、日本を代表する会社が悪くなるのを放っておけなかった。一部では反対もあったが、受けることにした」

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