話題・その他

「欧米には存在しない」純国産菓子プリンが“固めレトロ”に回帰するまで (1/2ページ)

 「プリン」は日本語だ。欧米には存在せず、日本独自の進化を遂げた純国産の西洋菓子である。食文化研究家の畑中三応子さんは「プリンはもともと固かったが、60年代に即席プリンが登場して以降、柔らかくなった。他方で、いまはコンビニにも角のあるプリンが登場するなど固めが流行している。このよろめきがプリンの本質だ」という--。

 ■“角”のあるプリンがついにコンビニに出現した

 6月、角のあるプリンがセブン‐イレブンに出現した。商品名は「濃厚卵のレトロプリン」。この2~3年、固いプリンのブームがじわじわ来ていたが、固さをうたっていてもほとんどがカップ入りだった。

 カップに入れず透明パッケージとむきだしの四角形で視覚的にも固さをアピールし、ここまでレトロ感と卵感を強調するコンビニプリンははじめてかもしれない。ブームといっても、売場での割合としては5個に1個が固めという印象だったが、いやはや、ついにここまで来たかと思わせる出来事だった。

 セブン‐イレブンのサイトを見ると、商品説明は「どこか懐かしさを感じる、かため食感に仕上げたプリンです。ほろ苦いカラメルソースが染み込んだスポンジ生地と卵の濃厚なコクを味わえるプリンを組合わせました」とある。食してみると、想像した以上に固かった。下にスポンジが敷いてあるから、プリンを使ったケーキという感じ。懐かしいというより斬新だ。

 ■「プリン」は純国産の西洋菓子

 長年、やわやわ系が圧倒的主流の座を守ってきたプリンの世界で、固め系が追い上げてきた背景のひとつは昨今のレトロブームである。まずプリンの歴史をさかのぼってみる。

 最初に明言しておかなければならないのは、「プリン」は純然たる日本語だということ。洋菓子なのは間違いないが、欧米にはプリンという名前の菓子は存在しない。プリンは日本独自の進化を遂げた純国産の西洋菓子である。

 プリンの原型は、イギリス料理の「プディング」。プディングには塩味の料理と甘いお菓子の両方があり、英語圏の人々にとっても全体像を把握するのが難しい食べ物のようだ。語源とされるラテン語の「botellus」はソーセージのことで、フランス語でソーセージの一種「ブーダン(boudin)」も同じ語源から派生した。

 日本に伝わったのはもっぱら甘いプディングのほうで、西洋菓子中もっとも早く、なおかつ最速で広まったもののひとつ。「西洋料理」の語が題名に冠された日本初の本、1872年(明治5)刊行の『西洋料理通』と『西洋料理指南』の両方にレシピが掲載されている。

 前者は「ポッデング」と訳し、米やニンジンなど固形の具を混ぜた、いわゆる英国風のプディングだった。一方、卵と牛乳、砂糖だけで作る後者のレシピに名前はついていないものの、どう考えてもいまのプリンとほぼ同じ。分量は、牛乳90ミリリットル、卵黄3個、砂糖大さじ3杯(約30グラム)。牛乳90ミリリットルなら全卵は1個、砂糖は20グラム程度がいまの標準なので、黄身だけ3個も入るこの配合は、絶対にねっとりと固めで濃厚な仕上がりだったはずだ。

 ■病人向けの食事としても推奨されていた

 明治期に数あったプディング(驚くべきことにタピオカ・プディングが多数の料理書に載っている)は、いつしかカスタード・プディングに収斂(しゅうれん)されていった。茶碗蒸しなど江戸時代からの卵料理、水ようかんなどの和菓子と連続性があり、親近感のわく味や見た目だったからだろう。栄養価が高くて消化のよいことから、病人向けの食事としても推奨された。

 ポッディングはじめプデング、プッデング、プッヂング、プデンなどさまざまに記述されていたのが、訛(なま)った揚げ句プリンに落ち着いたのが明治終盤。レモネードからラムネへの変化と同様、絶妙なネーミングだった。名前がかわいくて口に出しやすい(出したくなる)ことは、食べ物の流行条件のひとつ。プリンと呼ばれるようになったことは、国民的な人気菓子に飛躍するための第一歩だった。

 ■明治の家庭では型から伏せて出すものだった

 ところで複雑なのだが、私たちがプリンと認識しているお菓子--型の底にカラメルソースを敷いて卵生地を流し、蒸し焼きにする--は、実は「クレーム・カラメル」という名前のフランスのデザート菓子なのである。食べるときは型から出してカラメル面を上にするので、別名クレーム・ランヴェルセ(ひっくり返しクリーム)とも呼ばれる。

 では、いつからカスタード・プディングとクレーム・カラメルとが合わさってプリンになったのか。私の調べた限りでは、1903年(明治36)刊行の『家庭料理法』に載っている「カメルカスター」が最初で、型を皿に伏せて中身を出すところもセオリー通り。この本は、「家庭料理」という言葉がタイトルにつけられた最初のレシピ本としても有名だ。カメルはカラメルの訛りで、その後カルメという呼び方も登場する。

 昭和に入ると、プリンは新聞の家庭欄でレシピが紹介されるほど広まって、都市部ではパーラーなどの人気メニューになった。フランスでは食後のデザートだったプリンの、お茶菓子化、おやつ化が戦前すでにはじまっていた。

 オーブンがなくても蒸し器で作れるプリンは、戦後さらに普及した。しかし、卵も牛乳も高かったので、お母さんが特別な日にがんばって腕をふるう憧れのご馳走で、洋菓子店で売られるそれも高級だった。

Recommend

Ranking

アクセスランキング

Biz Plus