シャープ「けったいな文化」変わるか 社長も本気の「さん付け運動」

2013.12.4 06:00

 経営再建中のシャープが、企業風土改革「かえる運動」に取り組んでいる。社内では相手を役職ではなく「○○さん」と呼称するのが柱だ。すでに導入企業も少なくない「さん付け運動」にシャープがいまさらながら力を入れるのは、経営トップの判断に「ノー」と言えない雰囲気が、経営危機を招いた液晶事業への巨額投資につながったとの反省からだ。現場の声を組織の「上」に直言できる風通しの良い社風を目指し、旗振り役の高橋興三社長は「けったいな文化を変える」と繰り返すが、果たしてその成果は-。(松岡達郎)

 かえる運動

 「高橋さんと呼んでください」「けったいな文化がなくなるまではあきらめへんで…」。

 9月、午前8時半の始業前にシャープ本社や事業所などで一斉に流れる社内放送に高橋社長が登場し、社内に「まさか本人?」と驚きが広がった。いつもは、若手社員らが出演して経営や職場の目標などをアピールしているが、社長の出演は異例。高橋社長の大まじめな口調に“本気”をにじませた。

 かえる運動は4月の組織改編とともに始まり、高橋社長が就任した6月以降に本格化。もちろん、公式文書や対外的な資料は対象外だが、職場では新入社員から社長まで役職名に関係なく、役職名ではなく「○○さん」と呼び合うことになった。

 関係者は「以前は社長の決断だけでなく、上司の指示などには、おかしいと思っても物言えぬ雰囲気があった。その上意下達の強すぎる社風を変え、同じ目線で仕事をしましょうという意味」と解説する。

 ただ、ある部長は「若手社員にさん付けで呼ばれると、最初は『この野郎』と思ったりもしたが、最近は慣れた。若い人ほど抵抗なく受け入れているようだ」と打ち明ける。

 けったいな文化?

 それでは、高橋社長が自ら「けったいな文化」としてやり玉に挙げる改革対象とは-。

 高橋社長は自身の社長就任会見で、「社員が自分で判断して自分でチャレンジし、上からの指示を待たない。そういう企業風土に変えたい」と語った。

 背景には、同族経営が続いたことでトップダウンの傾向が強すぎたシャープ独特の企業風土がある。「中興の祖」として君臨した2代目社長の佐伯旭氏と3代目社長の辻晴雄特別顧問、4代目社長の町田勝彦特別顧問が縁戚関係にあり、社内にはワンマン社長の判断に疑問を持ったり、水を差すような情報を報告できるような雰囲気はなかった。かつて社長に進言した人が左遷人事に見舞われたことがあり、その風潮に拍車がかかったという。

 前出の関係者は「公式な発言でなくても、工場視察で何気なく『このテレビ、もう少し大きくした方がいいな』などのつぶやきが開発現場に影響したりした。議論の上の結論ではなく、忖度といった類いのことも多かった」と説明する。

 とくに、町田会長-片山幹雄社長(現・技術顧問)時代に推進した液晶事業への大型投資を停止・変更するような意見はなく、巨額赤字の元凶といわれる堺の液晶パネル工場への4千億円超の投資にも疑問の声は上がらなかった。

 アナリストは「堺工場の稼働時には大型パネル市場が縮小しており、すぐに在庫が積み上がったはずだ。それでもシャープが販売不振を公表したのは24年2月で、その2カ月前まで経営トップは大型テレビは好調と主張していた。もっと早く手当てしていれば傷はまだ浅かった」と説明する。

 シャープは、堺工場で積み上がったパネルの在庫を消化するのに長く苦しみ、堺工場の建設費に充てた2千億円の転換社債の返済をめぐって資金繰りに苦労しただけに、社内には「もっと早く情勢の変化を報告したり、方針転換や計画修正を進言しておけば…」と悔やむ声があるという。

 原点回帰

 「けったいな文化」は、取引先での評判を落としてきた面もあるといわれる。関係者によると、部材の納入業者に価格面などで厳しく当たる“下請けいじめ”などが目立ったとされる。堺工場をめぐっては、ソニーから34%(1千億円超)の出資を受け入れる計画が破談になったが、背景にはソニーへの納入遅延が起きたときに「シャープは自社向けを優先した」との噂が上がり、信頼関係を築くことができなかったことがあるとされる。

 関係者は「それもこれも現場の担当者が上司の『コストを下げろ』『液晶を確保しろ』の指示を疑問を持たずに従った結果。取引先と交渉する担当者が自分の判断に自信を持って仕事をし、場合によっては上司にも意見できる風土があれば防げた」と話す。

 その意味ではシャープの企業風土改革は「株主、取引先をはじめ、全ての協力との相互繁栄を期す」とした創業者の早川徳次氏の経営理念への原点回帰でもある。かえる運動には「変える」とともに「帰る」の意味があるのだ。

 企業風土改革について、高橋社長は「まだまだ難しい。あと5年くらいはかかる」と話す。いま時間をみつけては全国の事業所を回り、「高橋さん」として社員らと食事しながら議論を続けているが、「けったいな文化」がなくなったときこそが、新生シャープの誕生の瞬間かもしれない。

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