2015.1.29 05:00
■落ちにくい避雷針 電気製品の故障低減
避雷針の先端はとがっている。そんな長年の固定観念を覆すのが、先端が半球体の不思議な形をした「PDCE避雷針」だ。避雷針に雷を集めることで被害を低減する従来の落雷対策を、雷が落ちにくくするという新たな次元で捉え直したPDCE避雷針。落雷抑制システムズは日本で初めて専門に扱い、地球深部探査船「ちきゅう」や京王電鉄の車両などに次々と納入している。還暦前後の男性3人が立ち上げた横浜の小さな企業が、落雷対策を根本から変えようとしている。
◆雲下部と同じ仕組み
PDCE避雷針は、スペインとフランスの間にある小国・アンドラ公国の会社によって開発された。
「これほど素晴らしいものをなぜ広める努力をしないのか」
独立前に勤めていた会社の取引先でPDCE避雷針を初めて目にした松本敏男社長(63)は、こう感じたという。従来は、雷を呼び込むことを役割としており、落雷後の電流の処理に大きな問題があった。落ちた雷は消えるわけではないからだ。
電流が地表を伝わり土壌によっては落雷場所から約100メートル離れた地点で人に感電することもあるほか、落雷による電位の上昇は周辺の電気製品に悪影響を与える。家電製品の故障や、高速道路ではETCシステムが停止する事故も起きており、ダムに落ちれば水位監視や放水、警報発出などができなくなることも予想される。
電力依存が進む社会の中で、落雷による「雷害」は致命傷になりかねない。工場や通信基地局など、雷害に頭を悩ませる事業者は、従来の避雷針の下に、地下で放電するためのアースを深く埋め込むなど、多額の費用をかけて対策を取っていた。
一方で、PDCE避雷針は、放電しにくいなめらかな半球体の上部に、雲の下部と同じマイナスの電荷を集めることで落雷そのものを避ける仕組みだ。
「雷害を根本的に減らせる上に安価だ」。通信関係の仕事を通じ、雷害対策の必要性を熟知していた松本社長は、PDCE避雷針に強烈な魅力を覚えた。
しかし、当時日本で取り扱っていた会社の反応は「よく分からない変なもの」と冷ややかだった。
「やらないなら自分にやらせてくれ」。一念発起した松本社長は2010年に独立。日本での販売権を譲り受け、PDCE避雷針を輸入した技術者ら2人も呼び寄せた。
知名度の低さから当初、販売は困難を極めた。展示会で「落雷被害を低減します」と紹介すると「どうせ避雷針でしょ?」と、特性が理解されないことも多く、赤字が3年続いた。
とはいえ、雷害に困っていた人たちの反応は良好で、高い建物など被害がありそうな場所に片っ端から目をつけて地道に売り込みを続けた。
◆改良進め販路拡大
さらに、ゴミ処理場などでの使用を念頭に高熱に耐えうるよう強度を上げたり、船舶や一般民家でも使いやすいよう小型化するなど改良を進め、徐々に受注を増やしていった。
創業5年目の14年には、京王電鉄や小田急電鉄などの鉄道各社の車両や運動場、防災無線など、新たに280カ所に設置が決まった。クレーン車を用いた移動式も開発、コミックマーケットなどの屋外イベントでも重宝され、納入先を広げている。
国土交通省がインターネット上で新技術情報を提供するシステム「NETIS」にも登録される予定で、松本社長は「国土強靱(きょうじん)化に伴ってインフラも強くしなくちゃ」と意気込んでいる。(岩崎雅子)
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【会社概要】落雷抑制システムズ
▽本社=横浜市中区山下町24-8-703 ((電)045・264・4110)
▽設立=2010年
▽資本金=2000万円
▽従業員=3人
▽売上高=1億3000万円(14年度)
▽事業内容=落雷抑制装置の販売、輸出入、開発、製造
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≪インタビュー≫
□松本敏男社長
■防災減災対策を進めていきたい
--58歳でなぜ独立しようと思ったのか
「サラリーマンの最後は自分たちの好きにやろうと。お金もうけだけじゃなくて、社会の役に立てるようなものを何かやりたいと考えました。立ち上げた3人の中で私が一番年下ですよ。まだ10年は元気にやれます」
--初めてPDCE避雷針を売り込んだ場所は
「(茨城県牛久市にある世界で最も高いブロンズ立像の)『牛久大仏』です。成田空港に行くことがあり、せっかくだからと、近くで一番高かった牛久大仏に電話をかけたところ、雷害によるエレベーターの故障などに困っていました。設置後5年間、牛久大仏に雷は落ちていません。実績が認められたのか、火災保険料が値上がりする中で、牛久大仏は保険料が据え置きで済んだそうです。初めて経済効果が出た案件かもしれません」
--横浜市にPDCE避雷針を2基寄付している
「小学校と野球場に自費で寄付しました。毎年続けていく予定です。横浜が観光都市というのなら、『楽しさ』の前に『安全』をつくるべきです。ここ数年で雷はどんどん増えている。現在は市に対して、公園などの公共施設に共同してPDCE避雷針の設置を進めようと働きかけています。落雷防止を横浜の名物にしたいですね」
--今後はどのようなビジョンを描いているか
「仲良しで始めた会社でしたが、販売責任があるので、今後は後進を育てていく必要があります。今年は人を新たに雇う予定です。また、落雷抑制に限らず、防災減災対策を進めていきたいですね。実はこの会社で最初に取った特許は、浮沈式の防波堤なんですよ。日本人は日本の国土に住み続けなければならないので、そこをいかに住みやすくするかを突き詰めたいですね」
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【プロフィル】松本敏男
まつもと・としお 電気通信大卒。日本IBM勤務などを経て、1995年に光ケーブルシステムを取り扱うスイスの会社「R&M」の日本駐在事務所代表に。2010年に落雷抑制システムズを創業。63歳。神奈川県出身。
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≪イチ押し≫
■取り付け容易 住宅用「Junior」
太陽光発電や電気自動車(EV)など、電気の利用拡大がさらに見込まれるなかで、一般家庭でも雷害が身近なものとなり、社会全体の被害額も増大するかもしれない。
そこでお薦めなのが住宅用に開発された小型の「Junior」。保護領域はやや狭くなるものの、直径20センチ、重量5キロとコンパクトで、取り付けが容易なのが特徴だ。通常の避雷針を取り付けられる場所ならば、ほぼ設置が可能だという。
一般住宅のほか、遮るものがない海上で雷の餌食になりやすいプレジャーボートの利用者などからも、問い合わせが増えている。
「自然相手なので、百パーセントの効果があるわけではないことを了解してほしい」(松本社長)とした上で、直撃雷で破損した場合には、無償で新品との交換を受け付けている。