ペットボトルでガラス瓶並みの高級感 新素材、極めて高い外気の遮断性能

2015.8.10 07:00

【世界へ 日本テクノロジー】新素材で市場開拓(1)三菱樹脂、ワインに採用

 コンビニエンスストアや酒店で売られているワインや清酒の容器に新しい流れが起きている。ガラス瓶や紙パックだけでなく、ペットボトルが使われつつあるのだ。ペットボトルは気密性の問題などで酒の容器には不向きとされていたが、三菱ケミカルホールディングス傘下の三菱樹脂が、極めて高い外気の遮断性能を持ち、質感もガラスと変わらない技術を開発した。

 高いバリア性

 ワイン最大手、メルシャンの主力製品「ビストロ」の容器は一部紙パック入りを除き、全てペットボトルだ。外見は瓶入りと何ら変わらず、触ってみて初めて、それがペットボトルだと気づく。ガラス瓶並みに高級感もある。この容器は「ハイバリアPET」の名称で三菱樹脂が製造・販売しているペットボトルだ。三菱樹脂は約10年前、酒用ボトルを業界に先駆けて開発した。

 ペットボトルは軽くて持ち運びやすい上、割れる心配がない。軽い分だけトラック輸送時の燃費が改善されるので費用が抑えられるほか、二酸化炭素(CO2)排出量も減らせるため、環境負荷低減という時代の要請にもかなっている。

 しかし、内容物が酒に変わるだけでペットボトル化は格段に難しくなる。ほんのわずかでも、酸素が内部に侵入したり、水分が気化して漏れ出たりするだけで、品質が大幅に劣化してしまうからだ。蒸留酒ではないワインや清酒は特に風味を損ないやすく、酸素などを遮断するバリア性が必要だ。

 そこで、三菱樹脂は内側に約20ナノ(1ナノは10億分の1)メートルのごく薄い特殊な炭素膜(バリア層)を形成することで、品質を保持できるようにした。

 この炭素膜は、ダイヤモンドと似て規則的な結晶の配列を持つ分、バリア性が高い。一方、ダイヤモンドほど高温・高圧状態でなくても作れる。

 ボトル内部を真空状態にした後、原料のアセチレンガスを充満させる。高い電圧をかけるとガスはプラズマ状態となり、内側に膜となって張り付く。

 鮫島拓也・包装容器事業部容器グループマネジャーは「ボトルの中で雷を起こすようなもの。それをコントロールしながら製造するのが大変」と難しさを語る。

 わずかでもガスが外に漏れれば、そこで“雷”が起きてしまう。内部でも、ガスが均一に行き渡らないと膜の厚さが不ぞろいになるため、細心の注意が必要だ。

 研究レベルなら10回に9回成功すれば十分だが、実用化となると1000万本に1本の失敗すら許されない。プラズマを発生させる電極の形を工夫するなどした結果、2年後には完成にこぎつけたものの、むしろここからが苦労の始まりだった。

 開発したボトルはすぐに「焼き肉のたれ」の容器に採用された。だが、酒にはなかなか採用されなかった。

 「バリア性が高いだけでは駄目で、いかにガラス瓶そっくりの見た目にできるかが重要だとそのとき初めて悟った」(鮫島氏)

 再び前進し始めたのは、2009年にキリンビール、メルシャンと、新たなワイン用ボトルの開発に乗り出してからだ。酒用といっても、赤ワインと白ワインですら酸素吸収量は違い、求められるボトルのタイプも異なる。試作品は膨大な量に上った。ワインボトルらしい、凹凸のないシンプルな形にするのが目標だったが、強度を高めるリブ(くぼみ)がなく、形が崩れやすく、困難を極めた。

 瓶そっくりの形

 開発が進まず、社内の風当たりが強まった時期もあったが、2年近くかかって「粘り勝ち」(鮫島氏)で出来上がったボトルは、清涼飲料向けなどの一般的なボトルに比べ酸素で約10倍、炭酸ガスで約7倍、水蒸気で約5倍のバリア性を実現。試行錯誤の上、簡素な形状と高い強度の両立にも成功した。

 メルシャンは10年8月発売のワインで初めてこのボトルを採用。現在、国産ワインの6割強でペットボトルを採用しており、今後は7割まで高めたい考えだ。品質の良さもあり、清酒最大手の白鶴酒造などもハイバリアPETを採用し始めている。

 一方、三菱樹脂の成功を受け、東洋製罐や吉野工業といった競合も同様のボトルを開発し、競争は激しさを増している。「おかげで自分たちの技術が向上し、他国が追いつけないところまで進んでいる」。鮫島氏は、国内メーカー同士の切磋琢磨(せっさたくま)を歓迎し、さらなる性能向上に意欲を示した。

 産業界における素材メーカーの存在感が高まっている。日本のお家芸とされてきた電機業界が不振にあえいでいるせいもあるが、世界に先駆けて先端素材を生み出してきた実力が再評価されている。米倉弘昌前経団連会長(住友化学)、榊原定征現会長(東レ)、小林喜光経済同友会代表幹事(三菱ケミカルホールディングス)と、立て続けに経済団体のトップを輩出していることも業界の地位向上を最も端的に示す。激しいグローバル競争の中、少しでも製品の価値を高め、新たな用途を開拓しようと奮闘する開発現場の最前線を取材した。(井田通人)

閉じる