【トップの素顔】渡邊五郎 三井物産元副社長(24)

2016.3.25 05:00

 ■全盲のピアニスト、梯剛之氏を支援

 三井化学会長退任前後から、いろんなご縁をいただき、メーカーからIT企業まで社外取締役、諮問委員、特別顧問などを務めるオファーをたくさんいただきました。

 そのひとつ、1999年からダイキン工業がより広く外部の知恵、視点、人脈を経営に生かす制度として始めた経営諮問委員にならせていただいたことから、私としては珍しく文化的なお手伝いもさせていただいたことがありました。

 ◆NY公演が大成功

 ダイキンは毎年1回、保養所「ダイキン オー・ド・シェル蓼科」(長野県茅野市)で音楽会をやっていますが、世界で活躍のブーニン、五嶋みどり、五嶋龍に加えてそこに全盲のピアニスト、梯(かけはし)剛之氏が招待されたことがありました。素晴らしい演奏に感動していましたら、その後、梯氏の関係者から、彼をアメリカデビューさせたいとの話が持ちあがりました。

 それならニューヨークのカーネギー・ホールがいいと思い、さっそく当時、カーネギー・ホールの理事長だったサンディ・ワイル氏に連絡を取りました。サンディ・ワイル氏はシティグループ会長兼最高経営責任者(CEO)を務めるなど辣腕(らつわん)経営者として知られていますが、私と一緒にデュポンの取締役でした。日本が大好きな方です。「何がそんなに、日本があなたを魅了するのか」と聞くと、「クオリティー・オブ・ピープル」と即答してくれました。日本人を高く評価してくれていたので、とてもうれしかったのを覚えています。

 2800人のメーンホールを貸し切って開いた梯氏のコンサートはダイキンはじめ、大勢の方々のご協力で大成功を収めました。2002年10月のことです。それ以来、ハンディキャップを抱えながら、ひたむきに努力を重ねる梯氏の一ファンとして尊敬し、応援してきました。

 ◆全国の小学校に配布

 すると梯氏のことを紹介した記事が、小学5年生の道徳の教科書に載り、感動した小学生らの手紙がたくさん届いたこともあり、もっと多くの青少年の方々に梯氏のことを知ってもらいたいと、彼のDVDをつくり、全国の小学校に配布しようというプロジェクトが立ち上がりました。

 この崇高な取り組みに心を打たれ、三井物産当時、一緒に仕事をしていた猪口勇氏に手伝ってもらいました。彼は戦艦「武蔵」の最後の艦長、猪口敏平中将の息子です。まっすぐな性格で、やると決めたら必ずやりきる男です。

 梯氏がウィーンに住んでいたこともあり、モーツァルト、シューベルト、ベートーベンの3部作を06年、08年、10年にわたって制作し、多くのみなさまのご支援をいただき、全国2万3420校に無償で配布するプロジェクトが完成しました。

 ダイキンとのご縁がきっかけとなったお手伝いでしたが、多くの方々の善意に満ちあふれた末永く誇りに思えるプロジェクトになったと思っています。(聞き手 廣瀬千秋)

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