【変わる働き方】(4)家族で育児、遠ざける単身赴任

2017.5.6 05:56

 ■脱転勤へ地域社員の待遇改善

 「広島に転勤になった」

 2014年1月、東京都内の大学に勤務する豊田奈津子(38)=仮名=は会社員の夫から打ち明けられ、「またか…」と絶句した。夫は、長男(7)が乳児だったときも北海道に単身赴任。4月には長女(4)の育児休業が終わり、職場復帰を控えていた。

 「育児は私がする。単身赴任してほしい」

 腹をくくった豊田だが、全てを1人でこなす育児は、想像以上に過酷だった。冬場、長男がインフルエンザとおたふく風邪に感染。3月には長男、長女と立て続けにインフルエンザを発症した。そのたび豊田は仕事を休んだ。3カ月間でまともに出勤できたのは半分にも満たない。職場に対して、居たたまれない気持ちが募った。

 現在は、夫の東京への帰任願いがかない、豊田のおなかには、新しい命が宿っている。

 「今度こそ夫婦そろって赤ちゃんの世話をしたい。それは会社員にとって、ぜいたくな願いでしょうか」

 負担強いる辞令

 労働政策研究・研修機構によると、1991年までは専業主婦世帯が共働き世帯を上回っていた。だがバブル崩壊後の92年にこの数字は逆転。2016年の共働き世帯数は約1129万世帯と、専業主婦世帯(664万世帯)の倍近くに達した。

 こうした状況では、1本の転勤辞令が社員の家族に壮絶な負担を強いる恐れがある。高齢化で介護責任を担う人が、転勤に応じられないケースも少なくない。一方で、夫や自身の転勤を理由に正社員の職を諦め、派遣社員やアルバイトで働く女性も多い。

 社会構造が変化し、会社が指示する勤務地変更を全ての人が受け入れることは難しい。ただ、同機構が16年に行った調査によると「正社員のほとんどが転勤の可能性がある」とする企業は、まだ33.7%あるという。働く場所の選択における企業の柔軟な対応は、働き方改革における課題の一つだ。

 厚生労働省は3月末、会社が転勤のあり方を見直す「ヒントと手法」を公表した。「社員の家庭事情や意向を、面談などで個別に把握することが有効」「育児や介護など理由がある場合は、転勤を免除するといった制度をつくること」などが挙げられている。

 国内は少子化で労働人口が年々減少し、都市圏への人口集中と地方の過疎化が進む。全国に拠点を置く企業が、これまでのように転勤に頼って各拠点の人材確保を図るのは容易でない。“脱転勤”は、企業が優れた人材を確保する上でも不可欠だ。

 明治安田生命保険で法人営業第4部部長を務める森雅子(50)は東京都内の自宅から、さいたま市内のオフィスに通う。複数の法人営業部長の中で森は唯一、自宅から通勤可能なエリアに職場を限定した「地域型総合職」だ。

 法人営業の部長は従来、転勤を伴う全国型総合職が就くポジションだった。だが、同社は15年4月、自宅からの通勤圏内に勤務地を限定した「地域型総合職」という働き方を設けた。転勤の有無にかかわらず、給与体系や昇進に必要な条件は同じで、実力があれば役員や社長への道もある。地域限定の役割を強化する働き方改革が女性の「見えない壁」を打ち破った形だ。

 森は満足そうな笑顔でいう。「今の制度なら、仕事と家族、趣味の3つをバランス良く配分できる」

 勤務地限定で正社員

 育児や介護などさまざまな制約から、転勤に難色を示す就業者が増加したことを受け、企業は勤務地を限定した正社員制度の導入を進めた。厚労省の調査によると11年度時点で、地域限定制度を設けていた企業は約4割に上る。

 ただ、転勤がある社員と比べ地域限定社員は昇進や賃金面で制約されるケースが少なくない。森も現在の制度になるまでは地域限定社員だったが、総合職以上の業績をあげても同等の賃金は得られなかった。例えば勤続21年目の本社課長の場合、地域限定の社員の給料は全国型の総合職に比べ15%程度低かったという。

 こうした中で、最近では明治安田生命と同様に限定社員の昇進ポストを改善する動きも増えつつある。

 イオン伏見店(京都市伏見区)で店長を務める兼松真紀(49)は、同社で初めて、地域社員から店長に昇格した。京都府や大阪府、奈良県、滋賀県など10店舗で勤務経験を持つ兼松は、地域の消費性向を熟知した関西の“プロ”だ。

 パート出身の副店長

 運営するイオンリテールは20年前から地域限定制度を導入していたが、当時、昇格は店の課長が上限だった。同社は今年2月、人事制度を変更し、転勤のない地域社員が店長や部長などに昇格しやすくなる仕組みを本格的に取り入れた。「地域密着の経営を推進する上で、地域をよく知る人材が経営を担うことが当然」(同社)と説明する。

 また、全社員の約8割を地域のパート社員が占めるイトーヨーカ堂は、優秀なパート社員を段階的に正社員に登用する制度を14年に導入。パート出身の副店長も誕生した。イトーヨーカドーアリオ北砂店(東京都江東区)で副店長を務める吉永京子(53)は「自分でキャリアを選べるメリットは、長く働き続ける上で大きい」と話す。

 転勤による従来型のキャリア構築や人材育成とともに、地域の優秀な人材を発掘して囲い込むことも企業にとっては重要だ。働き方をめぐる社会構造の変化で、企業の人事施策には一層の柔軟性が求められる。(敬称略)

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