日本のロウソク市場が伸び悩むわけ 「文化的な弱さ」を灯し出す?

2017.8.20 06:00

【安西洋之のローカリゼーションマップ】

 「神仏需要のロウソクと心のリラックスのためのキャンドル。これら2つの商品群に分かれますが、両市場とも期待通りには伸びてくれない、というのが日本の現状です。『火は危ない』でとどまり『火を危なくないよう扱う』へのマインドセットが難しいのです」

 こう語るのは国内でのロウソク最大手、カメヤマ株式会社の営業本部長・金指琢也さんだ。

 金指さんとお会いし、ぼくが書いた「ロウソクが実は成長産業であるという意味 衰退産業をよみがえらせる『意味の革新』」という、欧州のローソク市場に触れた記事を同社の営業の方たちが読んでくださったのを知った。それには冒頭のようなわけがあった。

 欧州では年々ロウソク市場が伸びている。明かりをとるためではなく、心を癒すために使われているのが欧州の成長の大きな要因だ(金指さんの言葉を使えば、キャンドル市場が伸びている、ということになる。が、このコラムではロウソクで統一する)。しかし、日本でロウソク市場は伸び悩んでおり、心を癒したいという願いに「ロウソクは危険」という警告が勝っている。

 宗教的儀礼に使われるロウソク需要に壁があるのではないか。また「イケアなどの売り場で沢山のロウソクがあるのを見ると好調ではないか?」との推測もある。

 日本市場の数字はメーカーデータの積み上げで、イケアなどの販売数を反映したものではない。しかし、それは欧州も同様で、欧州もメーカーの数字に基づいている。そして宗教用ロウソクは日本も欧州も頭打ちだ。が、欧州メーカーの生産・販売量は伸びている。

 この差は一体何なのだ?

 カメヤマは米国の大手・ヤンキーキャンドル社の日本代理店でもある。売り上げが韓国の半分でヤンキーキャンドル社からは「なぜ、人口が倍以上の市場で売り上げが半分なのか?」と問われる。

 ヤンキーキャンドル社はアロマタイプで市場をつくった。瓶の外側にムードを表現する大きなレベルが貼られ、主役は明かりではない。韓国ではアロマへの需要があるだけでなく、ロウソクを使う文化がある、というのが金指さんの見立てだ。

 しかし、そもそも「ロウソクを重視する文化」とは何だろうか。夜の時間が長い北欧諸国でロウソクに火を灯す現象だけを指すのではない。また日本にロウソクを心の癒しとして使いたいという人が少ないわけではない。

 火を見つめることが人の心を鎮めるのは、たき火であれ、暖炉であれ、ロウソクであれ、多くの人が経験していることだ。「1/fゆらぎ (エフぶんのいちゆらぎ)」と呼ばれるもので、「周波数パワーが周波数fに反比例するゆらぎ」(ウィキペディア)であり、ロウソクの火のゆらぎも該当する。

 米国バージニアキャンドル社のウッドウイック・シリーズは「木を燃やす音・香り」がついたロウソクだ。日本で人気があるのも、癒しへの希求の証だ。

 それでも「火は危ない」との一声に従ってしまう。

 言うまでもなく、「火は危ない」は火から目を離す隙をつくってしまう、人間の神経の緩さを暗に示している。したがってホテルやレストランに見られるように、ロウソクの明かりがLEDになっているものがある。管理負担を減らすためだ。

 即ち、ロウソクを重んじる文化とは「火に対する管理負担」と「目と心に優しい明かり」をバランスシートにのせ、後者を重んじる文化である。

 電気のない時代、明かりを灯す機能製品としてのロウソクが、「火は危ない」との理由で使用禁止になることはなかったはずだ。電気に不自由しない時代になってロウソクは心を癒すモノとなった。

 同時に、火は危険なのでより扱いに注意しないといけない対象にもなった。実際、多くの場所でたき火は禁止されている。

 しかし、心を和ませてくれる火が、これほどに邪魔者扱いされ駆逐されることに危惧を抱かなくて良いのだろうか。停電の時、スマホのアプリで明かりをとれるといっても、充電のできない時にスマホ自体を使えない。ロウソクを使うしかない。

 日本のロウソク市場が伸び悩む背景には、いくつかの問題が潜んでいる。その一つに「危険なものには一律に蓋をせよ」との考えが、社会品質管理のごとくいきわたり過ぎている、ということがある。

 グレーゾーンを許す文化的な傾向がありながらも、ある特定のことには「大量工業製品」に求める品質を期待してしまう。

 日本のロウソク市場の伸び悩みには、文化的な弱さがそのまま出ているような気がする。(安西洋之)【プロフィル】安西洋之(あんざい ひろゆき)

上智大学文学部仏文科卒業。日本の自動車メーカーに勤務後、独立。ミラノ在住。ビジネスプランナーとしてデザインから文化論まで全方位で活動。現在、ローカリゼーションマップのビジネス化を図っている。著書に『デザインの次に来るもの』『世界の伸びる中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』 共著に『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか? 世界で売れる商品の異文化対応力』。ローカリゼーションマップのサイト(β版)とフェイスブックのページ ブログ「さまざまなデザイン」 Twitterは@anzaih

ローカリゼーションマップとは?
異文化市場を短期間で理解するためのアプローチ。ビジネス企画を前進させるための異文化の分かり方だが、異文化の対象は海外市場に限らず国内市場も含まれる。

閉じる