【激震 モノづくり】(下)日本流アナログ経営のひずみ 現場任せの品質維持に限界

2017.11.15 06:11

 ■人任せの品質維持に限界

 神奈川県の中西部に位置する秦野市。東京都心から車で1時間半ほどのこの地は「神奈川の屋根」と言われる丹沢山地の麓に位置し、山あいにのどかな風景が広がる。市街地の中心部にある空調用銅管大手、コベルコマテリアル銅管の秦野工場内に10月19、20日の2日間、見慣れない2人の姿があった。

 傷ついたブランド

 「ここはおかしい」。日本工業規格(JIS)の認証機関の調査員である2人は、2014年以降に生産された銅管のサンプルの強度を計測し、データと突き合わせ、こうつぶやいた。JIS基準からも外れたサンプルが20数個も見つかったのだ。

 「正直、多いな」。報告を受けた経済産業省幹部はうなった。生産の過程で多少の不良品が発生するのは常だ。だが、検査の結果はその範疇(はんちゅう)を超え、データ改竄(かいざん)は明らかだった。26日に秦野工場はJIS認証の取り消し処分が下された。「JISなしでは生産は下がるはず。われわれの仕事はどうなるのか」。秦野市の下請け会社社長は胸中を明かす。

 神戸製鋼所の性能データ改竄問題は、世界の顧客企業や消費者に不安と不信感をもたらしている。日産自動車でも新車の検査で不正が発覚。日本を代表する企業で相次ぐ不祥事は、職人かたぎの誠実な仕事と品質の高さで築いた「日本ブランド」を大きく傷つけた。

 「銅管の強度はJISの2割増しが一般的だ」。関係者は業界の慣行を説明する。JISに相当する工業規格は海外にも存在し、求められる品質自体に差があるわけではない。必要水準を上回る品質こそ日本製造業の強みだったが、それがいつしか建前になっていた。

 電気自動車(EV)や軽量な低燃費車をめぐる需給の逼迫(ひっぱく)-。神戸製鋼と日産は同じ理由で増産の号令がかかり、現場には「コスト削減」「納期厳守」の重圧がのしかかっていた。

 「日本の製造現場にひずみが生じている」。製造コンサルティング会社、平山の寺崎赫(あかし)顧問は指摘する。各製造工程で逐一品質をチェックし、工程ごとに品質を保証するのが日本流。出荷前の検査で不良品をはじけばいいという海外とは思想が違う。だが、EV化の急速な進展など世界規模でモノづくりの地殻変動が起こる中、現場の地道な「カイゼン」の積み上げに主眼を置く日本流のモノづくりは限界に直面している。

 「自分の仕事は品質管理じゃない。作ることだ」。寺崎氏は海外工場の訪問時に作業員のこんな声をよく耳にする。各工程で品質を作り込む日本とはかけ離れているが、だからこそ欧米などでは「人任せでは品質を維持できない」と検査部門で自動化やデータ共有化の取り組みが進み、品質管理や技術基準の不透明さを取り除いている。

 さらに、ドイツでは設備や工場間をネットワークでつなぎ、人工知能(AI)で分析して生産効率を上げる「インダストリー4.0」と呼ばれる取り組みが国を挙げて推し進められている。

 新たな潮流対応急務

 ドイツ大手部品のボッシュはドイツや中国の工場で部品にタグを付けて工場内での流れを瞬時に把握する技術などを駆使し、ブレーキ部品の生産効率を1年足らずで25%向上させた。フォルクマル・デナー会長は「特に高コスト国で利益をもたらす」と語る。

 モノのインターネット(IoT)やAIの技術を使ってデータ改変の余地をなくすだけでなく、同時に生産性を高めるのが世界のモノづくりの新たな潮流だ。日本生産性本部によると、2000年に米国に次いで2位だった日本の製造業の労働生産性は14年に11位に転落した。強い現場に頼り続けようとする「アナログ経営」が、品質だけでなく競争力の低下も招いているのではないか。

 AIやIoTの導入には日本企業も力を入れ始めたが、日本総合研究所の浅川秀之上席主任研究員は「生産効率に重きを置き、改竄防止などの視点が乏しかった」と問題点を指摘する。競争の前提が変わる時代に求められるのは発想の転換だ。日本の製造業が信頼を取り戻すには、デジタル技術だけでなく、それを使いこなす経営の変革も必要な時期に差し掛かっている。(この連載は、井田通人、高橋寛次、万福博之、高木克聡が担当しました)

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