“ぶどう争奪戦”も…新ルールが中小ワイナリー直撃 「河内」「柏原」ワイン、消滅の危機

2018.2.4 13:04

 今年10月から始まるワインの地名表示の新基準をめぐり、全国の中小ワイン事業者が消滅の危機を迎えているという。これまでは海外や他地域からのぶどうをまぜても「地元産」などと表示できたが、新基準ではその地域で育てたぶどう85%以上を使わないと地名が入った「〇〇産」という表示ができなくなるためだ。ワインブームが続く中、原料のぶどうの“奪い合い”が起きているといい、専門家は「中小には死活問題。日本のワイン産業がつぶれてしまう」と指摘している。

 地元産ぶどうの使用は20~30% このままでは商品名使えなくなる

 「今のままでは関西のワインは八方ふさがりだ。85%以上など不可能で、関西産ワインは存続の危機にある」

 100年以上の歴史を誇る「カタシモワインフード」(大阪府柏原市)の高井利洋社長(66)はそう強調する。同社では地名を記した「河内ワイン」「柏原ワイン」という商品名を商標登録し、ラベルでも使っているが、平成29年産での地元産ぶどうの使用は20~30%。このまま10月を迎えれば、長年親しまれてきた商品名を使えなくなる。

 使用率が上がらないのは、農家の高齢化などで耕作放棄地が増え、原料のぶどうの確保が難しくなっているためだ。さらに「(耕作地を増やすため)苗木を買おうにも関西では2、3年待ち」(高井さん)といい、すでに東日本を中心に苗木の奪い合いが起こっているという。

 根本的対策なく「植える苗木を増やすしかない」

 国税庁が27年に策定したワインの表示をめぐる新基準によると、「◯◯産ワイン」と地名を表示できるのは、その地域産のぶどう85%以上を使い、当該の地域で醸造されたケースに限られる。

 ワインの品質を保証するため、多くの国では表示に関する基準があるが、日本ではこうした明確な基準がなく、輸入果汁をもとに国内で作った品を「国産ワイン」と表示するなどのケースがあり、消費者から品質の違いが分かりにくいなどの声があがっていた。

 28年度の国税庁の「国内製造ワインの概況」によると、国内のワイン事業者は283。このうち中小事業者にあたる「資本金3億円以下の法人並びに従業員300人以下の法人及び個人」は約270に及ぶ。

 新基準は、こうした中小事業者を“直撃”するとみられている。

 70年以上にわたり事業を続ける鳥取県北栄(ほくえい)町の「北条ワイン醸造所」の山田和弘専務(41)も、高井社長と同じく、危機感を隠さない。

 「現段階で根本的な対策はない。植えるブドウの木を増やすだけ」

 山田専務によると、昨年産では地元・北条砂丘のぶどうの使用率は約60%。残りは他地域産を使った。同社は28年10月の鳥取県中部地震で貯蔵タンクが壊れ、在庫の十数万本(1本720ミリリットル)以上が割れる被害も受けた。「苗木を植えてもワインができるまで最低でも3年はかかる。新基準は小さな業者にとって大打撃だ」と頭を抱える。

 一方、すでに“決断”を下したのは、3年設立の「広島三次ワイナリー」(広島県三次市)。地名を冠し、6年の初出荷時から売り出していた「三次(みよし)ワイン」の生産を3月末で終了する。同社が扱う三次産ぶどう100%で醸造した「TOMOEワイン」の原料確保については、自社農園を含む畑の拡張で対応。新基準導入に関し、同社は「国産ワインのレベル向上にプラスに働くのでは」としている。

 ぶどう生産者が減る中、ワインブームは続き…大阪の気候に合った品種開発を

 多くを他地域産のぶどうに頼りながら特定の地名産を使うのは、ぶどうの生産者が減り原料確保が難しいのに、ワインブームが続いている現状が大きく影響している。

 農林水産省によると、平成28年産ぶどうの収穫量が全国7位(4910トン)の大阪府は南部の柏原、羽曳野両市が主要産地。ただ、農家の高齢化が進み、耕作面積は年々減っているという。こうした傾向は全国各地で起きている。

 一方で、国税庁の統計で工場からの出荷量をみると、ビールや日本酒など酒類全体は減少傾向にあるものの、ワインをはじめとする果実酒は上昇。11年度で国産と輸入を含め約27万8千キロリットルだったが、27年度は約37万9千キロリットルとなった。

 原料確保に向けた動きは急務の課題だ。

 関西では、関西圏ワインのブランド力を高めるため、24年に大阪府内6社で「大阪ワイナリー協会」を設立。28年には、近畿2府3県の14社が参加する「関西ワイナリー協会」を立ち上げ、試飲イベントなどで魅力発信に努めている。

 また、大阪府は府立環境農林水産総合研究所(同府羽曳野市)に今春、研究施設「ぶどう・ワインラボ」を開設する。施設内の倉庫を改装して、20リットルタンク8基を備えた醸造室や、発酵の進み具合、原料の成分を測定できる分析室などを設置。高温多湿という大阪の気候に合ったぶどうの品種開発や改良を進めていくという。

 京都大大学院の小田滋晃(しげあき)教授(農業経営学)は「河内ワインなど、これまでのブランドを使えるよう例外措置を考えなくては日本のワイン産業がつぶれてしまう。日本の気候は、フランスなどと比べてワイン用のぶどうを作るのに適していないが、現状では大手から個人レベルのワイナリーまで、それぞれの持ち味を出してすみ分けをしている。それを85%以上使用などの基準に収めてしまうことには違和感がある。特に中小の事業者にとっては死活問題だ」と話している。

 ワインの表示新基準 国税庁が平成27年10月に定め、今年10月末から適用される。ワイン事業者が「○○産ワイン」などと特定の産地名を表記する場合、その地域産のぶどうを85%以上使い、その地域で醸造することが必要となる。醸造場所が異なる場合は、当該の地域産ぶどう使用と書くことは可能。85%未満の場合は「○○醸造ワイン」と醸造場所は表示できるが、醸造場所以外で収穫されたぶどうの使用率などを記さなければならない。

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