【試乗スケッチ】孤高からの脱却は? アストンマーティンを悩ます“歴史に縛られた悲劇”

2019.3.19 07:00

 「アストンマーティンは自らの歴史に縛られていることが悲劇ですよね」-。この言葉の意味は深い。アストンマーティンは孤高のブランドとして確立してしまったことの悩みがある。誰もが美しいと思える均整のとれたフォルムに手を加えることは、それが進化だとしても退化として受け止められる。変われば酷評され、変わらなければマンネリと揶揄される。速いテンポで変化が求められるこの時代にあって、アストンマーティンは変化することができない。自らの歴史に縛られていることが悲劇とはそういうことかもしれない。(レーシングドライバー/自動車評論家 木下隆之)

 ジャガー、BMWらも同様の悩み

 かつてのジャガーも同様の悩みを抱えていた。低重心が強く前後に伸びやかなフォルムはジャガーの伝統だった。丸型4灯ライトからの隆起がボンネットにつながる造形もジャガーそのものだった。

 BMWも同様に、創業期に誕生したキドニーグリルは個性的な意匠として認知された。メルセデスのフロントマスクもそれはそのままメルセデスである。あるいはポルシェも同様に911の呪縛にもがいている。

 ただし、ジャガーは伝統からの華麗な脱皮を果たした。歴史が積み重ねてきたジャガーらしさは失うことなく、現代的なアレンジに成功したと言えるだろう。BMWもしかり、メルセデスしかり、あるいはポルシェも脱皮に向けて現在進行している。

 アストンマーティンのデザイン的変革の指揮をとったのはマレク・ライヒマン氏と言われている。デザイン部門の責任者であり、デザイナーとして数々の輝かしいタイトルを受賞している。DB11もヴァンテージも彼の作品だ。DBSスーパーレジェーラやアストンマーティン製クロスオーバーや高級セダンのラゴンダも手掛けている。改革は進みつつある。

 さらに2018年の春、フォルクスワーゲンのデザイナーだったトゥビアス・シュールマン氏をヘッドハンティングし、エクステリア関係の全権を委任した。アストンマーティンは、激動の年を迎えている。

 薄まるジェームズ・ボンドの面影

 ライヒマン氏の作品の一つであるDB11を眺めると、かつてアストンマーティンが人々を魅了した黄金比は崩れていると感じる。前後左右斜め、どこにも粗がなかったエクステリアではなく、独特のアクがある。顔つきはどこか硬骨魚類を連想させるし、平たくなったフォルムは違和感がある。アストンマーティンとのイメージを構築した007ジェームズ・ボンドの面影は薄い。アストンマーティンは新たな世界に挑んだことがわかるのだ。

 とはいえ、魂は薄れていない。今回試乗したDB11を見る限り、熱い走り味には一点の曇りもない。メルセデスAMG製のV型8気筒エンジンは最高出力503psを発揮、最大トルク674Nmを絞り出す。イグニッションボタンに指をかけて火を入れれば、野獣が喉を鳴らすような獰猛なサウンドが響く。アクセルを踏み込むとすぐさま過激な加速が襲ってくる。停止状態から回転系の針が100km/hに達するまでわずか3秒だというから激しい。

 平成の男性の意見は?

 ボディは1.7トン台にまで軽量化を進めていた。牙が抜かれることなく、熱い走り味は健在だった。古くからのアストンマーティンユーザーは肩を落とさなくてもいいだろう。

 個人的には以前のフォルムが好みだった。僕のまわりにいる昭和世代の男性も同様の意見だ。機会があったら平成の男性に同様の質問をしてみようと思う。

 ジェームズ・ボンド役がショーン・コネリーから変わった時にがっかりした同じ悩みをいまアストンマーティンは抱えているのかもしれない。

 【試乗スケッチ】は、レーシングドライバーで自動車評論家の木下隆之さんが、今話題の興味深いクルマを紹介する試乗コラムです。更新は原則隔週火曜日。アーカイブはこちらから。

 木下さんがSankeiBizで好評連載中のコラム【クルマ三昧】はこちらから。

木下隆之(きのした・たかゆき)

images/profile/kinoshita.jpg

レーシングドライバー/自動車評論家
ブランドアドバイザー/ドライビングディレクター

東京都出身。明治学院大学卒業。出版社編集部勤務を経て独立。国内外のトップカテゴリーで優勝多数。スーパー耐久最多勝記録保持。ニュルブルクリンク24時間(ドイツ)日本人最高位、最多出場記録更新中。雑誌/Webで連載コラム多数。CM等のドライビングディレクター、イベントを企画するなどクリエイティブ業務多数。クルマ好きの青春を綴った「ジェイズな奴ら」(ネコ・バプリッシング)、経済書「豊田章男の人間力」(学研パブリッシング)等を上梓。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。日本自動車ジャーナリスト協会会員。

閉じる