マックのハッピーセット 日本だけの「図鑑」がすごい

2019.8.13 16:00

 マクドナルドの業績が復調している。その原動力のひとつが、リニューアルされた子供向けの「ハッピーセット」だ。新しいおまけでは、知育がテーマになっており、昨年7月からラインアップに加わった「図鑑」は日本で一番読まれる出版物にもなっている。同社に開発の背景を聞いた--。

 「知育」要素を取り入れたおもちゃ開発

 マクドナルドが一時期の不振を脱し、復調目覚ましい。今年5月まで、既存店売上高は42カ月連続で対前年同月比プラスとなっている。新メニュー開発や店舗リニューアルなど、さまざまな改善が行われてきた結果だろう。一連の改革のひとつの柱となったのが、「ファミリー層の重視」という方針だ。

 たとえば2014年8月には、他社に先駆けて「全店完全禁煙」を実施。子供たちを受動喫煙から守りたいと考える親にアピールした。それにあわせて老朽化した店舗のデザインを一新。明るく清潔な雰囲気に切り替えていった。

 このような環境整備のうえで取り組んだのが、「ハッピーセット改革」だった。

 これまでハッピーセットのおもちゃといえば、人気アニメなどとのタイアップ企画のイメージが強く、ラインアップは男女や年齢層に合わせて4パターン程度となっていた。

 約2年前に始まった改革の結果、新たに加わったのが「オリジナル企画」のおもちゃだ。主に「知育」に焦点を当てたもので、既存のキャラクターに頼ることなく、自動車や船などの乗り物を組み立てられるブロックやミニサイズの図鑑・絵本などが登場した。昨年7月からはおもちゃ1~2種類に加えて、絵本と図鑑をそれぞれ1種類ずつ必ず選べるようにしている。

 「ためになるおもちゃを」母親たちからの要望

 こうした変化の背景には、来店動機を変えたいというマクドナルド側の狙いがある。子供が人気キャラクターの景品を欲しがるから、仕方なくマクドナルドに行くというのは「消極的」な来店動機だ。それよりも知育おもちゃを目当てに、親が進んで子供をマクドナルドに連れて行くようになれば、それは「積極的」な来店動機になる。

 ただし、そのためには子供が夢中で遊ぶものであることが前提になる。

 日本マクドナルドのサラ・カサノバ会長は、社長職にあった頃、事業建て直しのため、全国47都道府県の店舗を回って、計352人の顧客の声を直接聞く少人数のタウンミーティングを行った。そのとき「ハッピーセットの改革」を顧客から要望されたという。

 また、マーケティング部門では定期的に、インターネットや街頭インタビューなどで親たちに「ハッピーセットの景品に何を望むか」というリサーチを行っている。ここでも同様に、知育おもちゃへの要望が高い傾向が出ていた。

 ナショナルマーケティング部の元浜裕貴統括マネジャーは「お母様たちからよく言われるのは『子供のためになって、子供が夢中で遊んでくれるおもちゃをつくってほしい』ということです」と話す。

 大好評だった「のりものブロック」

 マクドナルドに限らず、小さな子供を連れて飲食店に来店した母親は、子供の食事が終わるまでかかりきりになり、そのあとでようやく自分の食事となる。自分が食べている時に子供がむずかると、落ち着いて食事ができない。先に食べ終わった子供がハッピーセットのおもちゃで遊んでくれれば、非常に助かるというわけだ。

 子供たちが夢中で遊び、母親たちからも好評だったおもちゃとして、昨年9月に発売した「のりものブロック」がある。4つから5つのブロックパーツを組み立てると乗り物になるおもちゃで、ラインアップは消防車、パトカー、ヘリコプター、ボートなど全8種類。複数のブロックパーツを組み合わせれば、自分だけのオリジナルの乗り物もつくれる。ブロック欲しさに、販売期間中に複数回来店する親子も目立ったという。

 今年2月に発売した「おさるのジョージ」の水笛は、中に入っている水の量で音の高低が変わるという古典的なおもちゃだが、「子供と一緒に遊びたい」と店舗に足を運ぶ親が相次いだ。このように、親子のコミュニケーション促進を考えた知育おもちゃも誕生している。

 図鑑をおまけにしているのは世界で日本だけ

 オリジナル企画はおもちゃだけではない。昨年7月からハッピーセットのおまけに、「絵本」と「図鑑」が新たに加わった。絵本は人気作家による書き下ろしのオリジナル作品。図鑑は人気のある「小学館の図鑑NEO」シリーズを抜粋再構成している。どちらも写真やイラストは大人も楽しめるクオリティだ。2~3カ月に1度、ラインアップが変わる。昨年7月の第1弾は、絵本・図鑑ともに1カ月でほぼ完売となった。

 絵本は海外事例があるものの、ハッピーセットのおまけに図鑑を採用しているのは、世界のマクドナルドで日本のみだ。ハッピーセットは年間で約1億セット程度販売されている。この数字からいえば、いまやマクドナルドは絵本・図鑑を日本一売っている店といえるかもしれない。

 ハッピーセットは発売前に一般家庭でモニターテストを行っている。前出の元浜氏は「知育の要素を取り入れたおもちゃのほうが、そうではないおもちゃに比べて複雑なため、製造期間や費用面で苦労する面があるが、大きな需要があると感じている。現在も協力メーカーと開発にあたっている」という。

 今年7月のハッピーセットでは、『ポケットモンスター』のキャラクターを起用して、けん玉やコマ、的当てといったこれまで通りのおもちゃが登場している。一方で、今年5月の「スヌーピーとうちゅうはっけん」は、宇宙飛行士に扮したスヌーピーをメインに、月の公転など宇宙の知識が学べる「お話カード」が付属している。人気キャラクターに知育要素を取り込むことで、親の要望に応える工夫が凝らされていた。

 プラスチック製おもちゃをトレーにリサイクル

 昨年の2月から5月にかけては、不要なプラスチック製の「ハッピーセット」のおもちゃを回収してトレーに変えるリサイクルに初めてチャレンジした。店内に回収箱を設け、100万個を目標としたところ、それを大きく上回る127万個が集まった。リサイクルしたおもちゃは10万ユニットの緑のトレーに姿を変え、通常の黒色のトレーに混じって、店舗で使われている。今年も3~5月に同様の試みを行い、昨年と同程度の数が回収された。

 おもちゃがトレーに生まれ変わってお店で役に立っている様子を見るのは、子供にとって意義のある体験だろう。このような、一見売上とは関係ない環境への意識を啓発する活動も、顧客のマクドナルドへの来店機会の増加に寄与している。

 この他にも、子ども向けの職業体験プログラム「マックアドベンチャー」や、店内にジャングルジムや滑り台などを設置した「プレイランド」など、ファミリー層への訴求を狙った取り組みは数多い。「マックアドベンチャー」は30年以上続く名物企画だが、昨年からウェブでの予約を可能にしたことで、飛躍的に参加者数が伸びているという。

 親子向け企画の強化は業績回復にも貢献

 日本マクドナルドホールディングスの年商は、2008年の4064億円をピークに下降線をたどり、中国の提携工場での使用期限切れ鶏肉提供疑惑、異物の混入問題などで、14年には半分近い2223億円にまで落ち込んだ。経常利益も、不採算店整理の効果が出た11年の276億円をピークに、14年には80億円の赤字に転落。15年にはさらに悪化して、売上高1894億円、経常損失259億円を計上し、会社存亡の危機とまで言われた。

 だが、この年を底に継続的な回復を続けており、18年12月期決算では、売上高2723億円、経常利益256億円まで戻している。その背景には、このように「ハッピーセット」をはじめとした、親子で楽しめる企画の強化も寄与していると考えられそうだ。

 残念なのは、17年8~9月に発売した期間限定商品「東京ローストビーフバーガー」が、一部成型肉を使用しているにもかかわらず、ブロック肉をスライスしたかのように表示した宣伝が、景品表示法の優良誤認にあたるとして、消費者庁より再発防止の措置命令が出されたことだ。今年5月24日には課徴金2171万円の納付を命じられている。業績回復したといえど、再び食の安全性を疑われるようなことが起きれば、顧客離れにつながる負のサイクルに陥るリスクが高まる。

 せっかく築き上げた、親子で楽しめるファミリー・ハンバーガー店としてのイメージを守るためにも、顧客からの信頼を棄損する行為を、二度と起こさないでもらいたいものだ。慢心することなく真摯に取り組んで、常に親子を喜ばせてくれる存在になることを期待する。(ジャーナリスト 長浜 淳之介 写真提供=日本マクドナルド)

 長浜 淳之介(ながはま・じゅんのすけ)

 ジャーナリスト

 兵庫県西宮市出身。同志社大学法学部法律学科卒業。業界紙記者、ビジネス雑誌編集者を経て角川春樹事務所編集者より、1997年にフリーとなる。ビジネス、飲食、流通など多くの分野で、執筆、編集を行っている。共著に『図解 新しいビジネスモデルの教科書』(洋泉社)、『図解 ICタグビジネスのすべて』(日本能率協会マネジメントセンター)、『バカ売れ法則大全』(SBクリエイティブ、行列研究所名義)など。

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