「仮面ライダーを救い、コロナ危機を乗り越えよ」 東映ハイテク大使館の挑戦

2020.5.17 07:00

 多様化、複雑化する社会において、企業にも大変革のイノベーションが求められる中、大手映画会社の東映に新設された部署が話題を呼んでいる。部署の名前は「ハイテク大使館」。目的は、その名の通り、東映グループ内における大使館として、先端技術を駆使し新規プロジェクトを遂行するために各部署の“垣根=国境”を越えて橋渡しの役目を担うこと。現在、計画中のいくつかのプロジェクトを聞くと、仮面ライダー救済やコロナ対策など驚くべき内容のミッションだった。

 東映太秦映画村や撮影所、映画館、ホテル…。東映のグループ各事業は、それぞれ個別に運営されてきた。

 「縦割りだった組織間の風通しを良くしながら、それぞれの事業が抱える課題を横断的に解決したり、新規事業を立案したりする部署が、これまで東映にはありませんでした。縦割りの組織を横にくし刺しするような部署が求められていた。そこで“大使館のような組織”を作れという特命が下されたのです」

 2018年6月、東映グループのトップ、岡田裕介会長からの特命で新組織「ハイテク大使館」が発足。新部署の長に抜擢された白倉伸一郎・特命全権大使(取締役)は、ハイテク大使館発足の経緯についてこう説明する。

 それにしても部署名は奇抜でユニークだ。

 最先端の技術(ハイ・テクノロジー)を使いながら問題解決していく大使館のような組織を目指す…。こんな意図は分かるのだが、これまで、どこの企業でも聞いたことがない。なぜ、ハイテク大使館というネーミングに決まったのか?

 「現在では、ハイテクという言葉はもはや死語になっているでしょう。誰も使わない。だから、あえてハイテク大使館というアナログな名前にすることで、逆に社内外の人たちが興味を持ってくれるんですよ」

 名称を考案した白倉さんは笑いながら、こう説明する。

 名刺に刷られたインパクトあるネーミングの肩書は、分かり難い新部署の目的を社内外に浸透させるのに、効果絶大だったという。

 仮面ライダーを“冷やせ”

 「東映のグループ事業が、それぞれ個別に持っている新技術を、個々で使うのではなく、グループ間で横断的に導入し、運用できないか?」

 その1つが電子決済だった。

 「例えば観光客に人気の東映太秦映画村やグループ企業のホテル、映画館などを電子決済で1つに結び付けられたら、利用者にとっても便利ですし、東映側にとっても顧客情報が一元管理でき、グループで情報が共有できる。現在、大使館員が、それぞれグループ事業と連携を取りあうために動いています」と白倉さんは説明する。 

 さらに、現在、ハイテク大使館が進めている東映ならではのある新規プロジェクトを教えてくれた。

 「これまで地球を救ってくれた仮面ライダーを、今度は我々が救おうというプロジェクトです」

 特撮ヒーローものの人気キャラクター、仮面ライダーは、東映グループにとって欠かすことのできない重要なキャラクターだ。映画、テレビ、ヒーローショーなど運営部署が複数のグループ事業にまたがるビジネス的にも貴重なキャラクターでもある。

 そんな偉大なヒーローを長年、苦しませてきたことがある。ハイテク大使館は、この悩みに着目した。

 「仮面ライダーは着ぐるみですから、中に入って動いているスーツアクターにとって、夏の暑さ対策が、長年の大きな課題でした。ハイテク大使館の力で、仮面ライダーを暑さから救おう、というプロジェクトを進めているところなんです」

 酷暑によるスーツアクターの心身への負担は大きく、これまでは休憩中にスーツを脱がせて氷で身体を冷やしたり、小さなビニールプールを撮影現場に置いて、水の中で身体を冷やしたりしていたという。

 “アナログ”なこの対処法に、ハイテク大使館が動く。社内外から、暑さ対策のアイデアを募ったところ、他企業や医学者らも参画を表明。

 「熱を逃すスーツを作るための新素材がある」という繊維メーカーからの技術的な情報や、「手のひらを急激に冷やすと暑さを軽減できる」という医師からの医学的な情報などが寄せられた。

 「これらのアイデアを実際に撮影所でテストしていき、これから夏に向けてハイテク大使館で具体策を練り、順次、実現していく予定です。ここで得られた対策は、グループ内だけでなく、着ぐるみ関連の業務に携わる人たちを救うことにもつながるはず」と白倉さんの構想は広がる。

 映画館を守れ

 現在、上映の自粛などで映画館を直撃している新型コロナウイルス問題の対策にも、ハイテク大使館は動き出しているという。

 「映画を作っても、その作品を上映する映画館がなければ意味がありません。もちろん都市部のチェーンのシネコンを守る対策も考えなければなりませんが、今は、弱い地方の小さな映画館を守ることが最も重要だと考えています」と現状に頭を悩まし、憂えている。

 コロナに打ち勝つ秘策はあるのか?

 「現在、ハイテク大使館でその対策の構想を練っているところ。夏に向けてその対策を打ち出していければ、と考えています。例えば夏までにコロナ問題が終息すれば、現在、公開延期になっている春の新作を一気に夏に公開できるんです」

 白倉さんは1990年、東映入社。東映テレビ・プロダクション社長、東映東京撮影所長などを歴任してきたが、長らく仮面ライダーシリーズのプロデューサーを務めてきたことで知られる。

 幼い頃から仮面ライダーの大ファンだった白倉さんは、その影響で就職先に東映を選んだ。入社試験の役員面接で、当時の仮面ライダーの制作の在り方について自分の考えを述べたという。東映幹部にとっては、耳の痛い批判とも受け取れる意見だったが、その結果、白倉さんは合格している。

 このとき白倉さんは、苦言ではなく、仮面ライダーをもっと面白く夢のあるドラマにするためにと、こんな提言をしている。

 「撮影現場と外部との間に立ち利害を調整することがいかに大変かということ。自分がそうした“板挟み”の役割をもって任じたい」

 東映に入社し、約30年が経ったが、このときに語った考えが、今、ハイテク大使館で生かされようとしているとはいえないか。

 仮面ライダーを暑さから救いたい…。

 コロナから映画館を守りたい…。

 企業のイノベーションだけではなく、社会や文化のイノベーションも視野に入れたハイテク大使館の今後の活動に注目していきたい。

波溝康三(なみみぞ・こうぞう)

ライター

 大阪府堺市出身。大学卒業後、日本IBMを経て新聞記者に。専門分野は映画、放送、文芸、漫画、アニメなどメディア全般。2018年からフリーランスの記者として複数メディアに記事を寄稿している。

閉じる