【Bizプレミアム】なぜ今「海外民藝」が若者に人気なのか? 異国の奥地からの“来訪者”が放つ魅力

2021.9.12 08:00

 あらゆるものがネットで手に入る時代だからこそ、人は「得がたさ」に惹(ひ)かれるのか。「海外民藝」を開拓した第一人者といわれる「巧藝舎」(横浜・山手町)の店主、故・小川泰範さんが長年かけて集めた世界の手仕事品を紹介する図録「世界の美しい民藝」(グラフィック社刊)が5月の発売以来、幅広い世代から関心を集めている。本来ならば異国の奥地から出ることのなかった品々が、遠く離れた東京の、しかもトレンドの中心地でハイセンスな人たちの感性を刺激している。決して洗練されたものとは言いがたく、素朴な異国の品々が、なぜいま多くの人の心を惹きつけるのか。

 「開拓」という名の収集活動

 横浜の山手町界隈。観光スポットとして知られる「港の見える丘公園」に向かう坂の途中、少し奥まった場所に巧藝舎はある。まるで個人宅のような店構えだが、その店先には店内に入りきらない甕や家具、雑貨などの民藝の品があふれかえっている。

 店内には日本では見慣れない顔をした面がこちらに視線を向け、織物や木工、陶器のほか、玩具や祭器など異なる国の品々が所狭しと並んでいた。気候や風土、生活習慣などが影響した、それぞれの暮らしの中から生み出された手仕事の数々。一昨年にがんで亡くなるまでの40年あまり、海外旅行がいまほど容易ではなかった時代から小川さんが独自に仕入れルートを開拓し、収集したものたちだ。

 そもそもは濱田庄司や芹沢銈介といった「民藝運動」の巨匠たちのコレクションへの協力が始まりだったという小川さんの収集活動。向かう先は主に中南米、アフリカ、アジア地域の国々で、骨董的な価値があるものではなく、1970~1990年代に使われていた“現役”の品々を中心に集められた。

 「文化に対する偏見を捨て、相手の信頼を得るには現地で相手と同じごはんを食べ、同じ水を飲むことから始まる」と教えてくれたのは、泰範さんと共に父親から工藝舎を引き継ぎ、自身も東南アジア地域で収集活動を行っていた姉の能里枝さん(78)。何年も現地に足を運び、信頼関係を築いてきた。320点に及ぶ貴重な文物が紹介されたこの本には、そうして地道に開拓した仕事の痕跡が文章や現地の写真などとともに記されている。

 収集品の中には民族性が高い歴史あるものもあれば、素材を変えながら作り続けられているもの、生活様式の変化で姿を消しつつあるものもある。「時代の変化によってなくなるものもあれば、また新たに生まれる品もある。ものは暮らしや祈りの思いから生まれる」と能里枝さんは語る。

 若い世代が「直感的」に感じる魅力

 こうした巧藝舎の商品がいま、幅広い世代から関心を集めている。若い世代を中心に人気を集めるファッションブランド「ビームス」も取引先の一つだ。ファッション同様、暮らしを豊かにするものとして民藝の魅力を発信する「fennica」(フェニカ)というレーベルで6年前から巧藝舎と取引を開始し、現在は20種類もの商品を取り扱っている。

 そこでバイヤーを担当する菊地優里さん(34)も巧藝舎の本を手に取った一人だ。

 「生活に根差した祈りや家族への想いなど“目に見えないもの”を感じられる品々が丁寧な文章で紹介されていて、心に訴えかけてくるものがあった」

 店舗を訪れ、巧藝舎の商品を手に取る客層には菊地さんと同じ印象を抱く人が多いようで、「稀少性といった価値よりは直感的に色や形、自然素材のぬくもりに魅力を感じている人が多い」と話す。こうした素朴で、どこか温かみのある「手仕事」が若い世代にも求められ始めている背景に、「消費に対する考え方の変化がある」と感じている菊地さん。「環境へ関心が集まる時代だからこそ、愛着をもって使い続けられる手仕事の良さが再認識されているのでは」と続けた。

 トレンドの拠点、東京・代官山の文化複合施設「T-SITE」にある蔦屋書店でも、巧藝舎の商品と本を組み合わせた展示販売が今週から開催されている。企画したのは同書店の人文コンシェルジュ、宮台由美子さん(42)。巧藝舎の存在はもとより、海外の民藝について全く知らなかったが、それでも「本の表紙を見た瞬間、直感的に惹きつけられるものがあった」という。

 店頭で扱う商品は布や陶器やガラス、かご、木彫り、装飾品など114点に及ぶ。場所を変え、見栄えよく展示された品々は、それぞれの独特な個性そのままに、現代的な書店の空間にも大らかに馴染んでいた。

 宮台さんによると、先史時代の美術や未開部族社会の美術といった「プリミティブアート」(原始美術)が注目を集めているように、最近は室内の装飾品として「手仕事による一点もの」を取り入れる人が増えているという。

 「コロナ禍で在宅時間が増え、住空間を豊かにしたいと考える人が多いなか、巧藝舎の商品は代官山周辺の人たちが求める趣味嗜好(しこう)に合うのではないかと考えた」

 取材に訪れたこの日も、パプアニューギニアのフードボウルやティモール島の藍染の布を品定めしたり、「カヴァド」という絵が描かれたインド製の小さな祭壇に見入る人など、多くの人が足を止めていた。

 「それぞれ表現する形は異なっていても、悲しいことは悲しく、嬉しいことが嬉しいのは同じ。そこに共通する思いがあるから国を異にする私たちも惹かれるし、どこの国のものであっても調和する」と強調する能里枝さん。「グローバル化によって想いのある作品がどんどん失われていく時代に、この本が記録となって『この国にはかつてこんな作品があった』ということを伝えられたら」と話している。

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SankeiBiz編集部

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