パリ協定とカーボンプライシング 日本は制度導入に向けて本格的議論を

寄稿

 □WWFジャパン自然保護室次長 気候変動・エネルギープロジェクトリーダー 小西雅子

 「パリ協定」の肝は、各国の積極的な国内対策にあります。各国は、温暖化対策を積極的に導入し進めていくことが必要です。温室効果ガスの排出削減を進めるための政策的手法には、直接、排出規制をする「規制的手法」や、排出削減計画を立てることを定める「手続き的手法」、産業界などによる「自主的取り組み」など、さまざまなやり方があります。中でも、市場メカニズムを活用し排出削減に経済的インセンティブを与える「経済的手法」は、削減効果が認められており、世界的に拡大しています。

 温暖化対策における経済的手法とは、「炭素を排出することにお金がかかる仕組み(=カーボンプライシング)」のことで、主に炭素税と排出量取引制度(ETS)があります。

 パリ協定の第6条では、カーボンの国際取引の仕組みは継続されると定められており、詳細ルールを決める議論が進んでいます。パリ協定の目標達成に向けた炭素価格ハイレベル委員会では、「適切に設計されたカーボンプライシングは、効率的な排出削減戦略において必須」と述べられており、目標達成に向けた炭素価格の水準は、2020年までに少なくとも二酸化炭素(CO2)1トン当たり20~80ドル、30年に50~100ドルと示されています。

 ◆世界に広がるカーボンプライシング

 世界銀行によると、16年時点でカーボンプライシングを導入しているのは、約40の国と20以上の地域(図)で、世界の総排出量の約13%がカバーされています。世界最大の排出国、中国でも17年末に全土で排出量取引制度を導入予定で、これを合わせるとカバー率は20~25%に拡大する見込みです。

 有名なカーボンプライシングの制度としては、05年に始まった欧州排出量取引制度(EU-ETS)があります。日本ではEU-ETSについて、排出枠余剰による価格下落をもって、あたかも制度そのものが失敗であるような論が展開されることがありますが、15年までに欧州連合(EU)の対象施設(EUの総排出量の約45%)で24%削減が達成されています。排出枠の需給バランスと価格安定性を確保するために必要な対策が順次導入される予定で、30年までに40%削減というEUの目標達成に向けて引き続き中核をなす施策と位置づけられています。

 ◆カーボンプライシングをめぐる日本での議論

 日本では、カーボンプライシングの導入機運が停滞していましたが、パリ協定に提出する50年に向けた長期的な削減戦略の議論の過程で、カーボンプライシングに再び注目が集まってきました。

 国内では12年に温暖化対策税が導入され、CO2排出量1トン当たり289円が、既存の石油石炭税に上乗せされています。この税収は、省エネなどの温暖化対策に充てられ、一定の効果をあげています。しかし、海外と比べると日本の炭素価格は低いと、経済協力開発機構(OECD)の報告書(2016)は指摘しています。

 しかも、石油石炭税と合わせた日本の実効炭素価格(エネルギー税+炭素税)は、炭素の排出量に比例していないので、低炭素化を目指そうとするインセンティブが適切に働く仕組みにはなっていません。そのため、日本が50年までに80%削減を目指すには、カーボンプライシングの強化が求められるところです。

 これに対し、経団連は「排出量取引制度をはじめとする規制的手法は、経済活動を阻害し、『環境と経済の両立』を困難にするばかりか、長期の温暖化対策に必要な研究開発投資の原資も奪うことから、強く反対する」と、カーボンプライシングの強化に反対しています。経団連は、日本の炭素価格は、明示的な炭素価格である炭素税+エネルギー税だけでなく、自主的取り組みにかかる費用や再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度に伴うコストなども排出削減コストとみなし、これらを組み入れた“暗示的価格”でみるべきと主張。さらに、エネルギー本体価格を炭素価格に加えると、他国と比べて高額になると主張しています。一方、環境省は、エネルギー本体価格には、炭素排出に伴う社会的費用は含まれないため、炭素価格としての要素はないと説明しています。

 ■日本の成功例 東京都排出量取引制度

 果たして、カーボンプライシングは「経済活動を阻害する」のでしょうか?

 東京都が10年に独自導入したキャップ&トレード型の排出量取引制度を例に、実績と企業の対応をみていきましょう。

 東京都は02年、大規模事業所にCO2排出量の把握と報告を求める計画書制度を導入しました。05年からは、事業所の取り組みを評価・公表する制度に強化されましたが、いずれも事業者の自主的取り組みを求める形だったため、十分な削減は進みませんでした。そのため、07年に義務制度の導入を提起し、ステークホルダーとの対話などを経て、10年度から総量削減義務と排出量取引制度が開始されました。この議論の過程では、産業界から強い反対の声が相次ぎました。

 しかしいざ始まると、第一計画期間(10~14年度)になんと対象事業者全体で25%の削減を達成しました(基準値は02~07年度の間から、事業者が選択する連続3カ年平均値)。第一計画期間の削減義務率はオフィスビルが8%、工場などが6%でしたが、25%削減と大幅に目標を過達成しました。第二計画期間(15~19年度)の初年度も、基準年度比26%削減を達成しました。

 成功の背景には何があるのでしょうか。東京都が対象事業者にアンケートを行ったところ、排出量取引制度によりCO2排出削減に対する経営者の関心が高まっていることが分かりました。つまり、CO2排出削減が、「現場だけの課題から経営の課題に格上げ」された結果、目標を上回る削減を達成できたわけです。

 アンケートでは、排出量取引制度の導入により、CO2排出削減に対する経営者の関心が高まったとの回答が7割を超え、設備更新で高効率機器を積極的に採用するようになったと回答しています。自主的取り組みでは進まなかった省エネ投資が、義務を伴う排出量取引制度が導入されたことによって大きく動いたわけです。

 しかも、対象事業者の総床面積が前年度より増加し、都内の総生産量が増加する中で、排出量削減が達成されています。東京都では、経済成長とエネルギー消費量削減というデカップリングがすでに実現されているのです!

 東京都のケースは、大規模工場がほとんどない大都市での成功例で、そのまま日本全体に当てはめることはできませんが、制度設計の工夫次第で国内全体での効果的な排出量取引制度や炭素税が考えられます。

 もはやカーボンプライシングの是非を問う議論ではなく、どのような制度が日本に適しているか、世界や東京都の経験や知見も踏まえながら、制度導入に向けた議論を本格化させるときに来ています。

 東京都排出量取引制度についての詳細はウェブサイト参照。

 http://www.kankyo.metro.tokyo.jp/cliate/large_scale/index.html

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【プロフィル】小西雅子

 昭和女子大学特命教授。日本気象予報士会副会長。ハーバード大修士。民放を経て、2005年から温暖化とエネルギー政策提言に従事。

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