ニューエコツーリズムへの挑戦

松本真由美の環境・エネルギーDiary
温泉バイナリー発電所のモニター画面

 先日、福島市の南西部、土湯温泉にある温泉バイナリー発電所(最大出力440キロワット)を訪ねる機会を得ました。土湯温泉は、吾妻連峰の山間に位置する、清流に恵まれた風光明媚(めいび)な温泉郷です。標高450メートルほどのこの温泉町で行われている、地域資源を生かしたまちづくりが注目されています。

 ◆温泉バイナリー発電

 土湯温泉にはピーク時、年間60万人の観光客が訪れていましたが、2011年の東日本大震災と福島第1原子力発電所事故による風評被害などの影響で観光客が激減。16軒あった宿泊施設のうち5軒は廃・休業してしまいました。土湯温泉町の存続に関わる危機的な状況に直面し、現状を打破していこうと、湯遊つちゆ温泉協同組合とNPO法人、土湯温泉観光まちづくり協議会が12年10月、再生可能エネルギー事業などを通して町の活性化に取り組む「元気アップつちゆ」(資本金2000万円)を共同出資で設立しました。震災からの復興、まちづくりに取り組む同社の加藤勝一社長に現場を案内していただきました。

 「11年10月、29人の仲間とともに土湯温泉町復興再生協議会を発足させ、復興計画を策定しました。土湯の河川や温泉、地熱などの地域資源を活用し、新たな魅力をつくり出していこうと考えました」

 従来型の地熱発電設備は、おおむね200度以上の高温・高圧の蒸気が噴出する坑井が必要ですが、土湯温泉では、100度以上の熱水であれば利用できるバイナリー発電と呼ばれる方式で発電を行っています。沸点が水より低い媒体を、温泉の熱水で気化させてタービンを回す仕組みで、土湯温泉のバイナリー発電所では媒体に化学物質のペンタンを使用しています。

 「土湯温泉の16号源泉から湧き出る139度の温泉水を蒸気と熱水に分離したうえで、熱水を使ってペンタンを気化させ、その蒸気で発電します。タービンを通過したペンタンは10度の冷たい湧水で冷やされ、液体に戻ります。一方、温度が下がった温泉水は成分が変わらないため、旅館などの施設に供給することができます」

 温泉バイナリー発電所は、3つの行政の補助・支援制度を活用しています。環境省の11年度「再生可能エネルギー事業のための緊急検討委託業務」を受託し、温泉資源量や自然条件を調査し、最適なバイナリー発電事業の規模を検討しました。建設事業費は約6億3000万円。

 このうち1割は、経済産業省「再生可能エネルギー発電設備等導入促進支援対策事業補助金」の補助を活用しています。残りの9割は金融機関からの借入金ですが、借入金の8割(5億5700万円)について石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)の債務保証を受けました。

 米オーマット社が開発した発電設備を採用し、発電所の設計・建設はJFEエンジニアリングが請け負いました。年間発電量は約260万キロワット時。これは、一般家庭約720世帯の年間消費電力量に相当します。

 15年11月に運転を開始し、発電した電力は内部で消費した後の余剰電力350キロワット分を再エネの固定価格買取制度を利用して東北電力に売電しています。買取期間は15年間。「発電効率が良く、当初の計画より2割増しで発電しています。売電収入は約1億円で、10年間で投資回収できる見込みです」

 ◆廃熱でオニテナガエビ養殖

 12月から、発電に伴って出る廃熱を利用して、全国的にも珍しいエビの養殖を始めました。養殖しているのは東南アジア原産のオニテナガエビで、高級食材としても知られています。「湯快な土湯温泉エビ養殖事業」と名付けられたこの事業は、経済産業省の16年度「地熱理解促進関連事業」に採択され、定額補助を受けています。発電所のそばにあるエビ養殖場にも案内していただきました。

 媒体の冷却水(約21度)と温泉水(約65度)を利用し、養殖用水を25度前後に温める熱交換設備を導入しました。水槽は一定の温度を保ちながら、常時かけ流し状態にできます。媒体の冷却水が25度前後の場合は、電力を一切使わないシステムになっています。水槽の水温管理に光熱費がかかるため、国内ではエビ養殖があまり進んでいませんが、バイナリー発電後で使った冷却水と温泉水を熱源に利用することにより、この課題が解決できる可能性があります。

 「オニテナガエビは今年3月末に孵化(ふか)しました。体長28センチほどに成長します。養殖を成功させ、この高級食材を土湯温泉の新たな名物にしたい。温泉街の一角にエビの釣り堀や食事処、カフェなどを整備し、にぎわいを創出する再開発事業計画も進めています」

 ◆売電収入の一部 地元に還元

 売電収入の一部を、地元住民のバス定期代として還元する取り組みも始めました。

 「売電収入のうち100万円ほどを、福島市街地と土湯温泉間のバスを利用している地元高校生や高齢者の定期代として支給させていただいています。住民に喜んでいただき、うれしいです。売電収入は投資分を償却後、町の復興に活用したいと思っています」

 土湯温泉ではバイナリー発電所のほかに、国直轄の東鴉川第3砂防堰堤(えんてい)を利用した小水力発電所(出力140キロワット)が15年4月に竣工(しゅんこう)し、順調に稼働しています。温泉バイナリー発電と小水力発電という2つの発電事業は、土湯温泉町の「復興の柱」。2つの発電所の管理は、元気アップつちゆの事務所内にあるモニターで遠隔監視されています。

 「再エネ発電事業や温泉熱を利用した養殖など、ニューエコツーリズムに取り組み、町のにぎわいを回復させたい。発電施設周辺には、再エネの体験学習施設を建設し、一般来場者が見学しやすい環境を整える予定です。再エネの見学会や視察、各種研修会などを全国から招致したいと思います」

 16年度には県内外から2500人の見学者が訪れ、その6割が町内の旅館に宿泊しています。来年以降、エネルギー施設を見学するため町内の旅館に宿泊すると、おいしいオニテナガエビを味わえそうです。

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【プロフィル】松本真由美

 まつもと・まゆみ 東京大学教養学部客員准教授(環境エネルギー科学特別部門)。上智大学在学中からテレビ朝日のニュース番組に出演。NHK-BS1ワールドニュースキャスターなどを務める。環境コミュニケーション、環境とエネルギーの視点から持続可能な社会のあり方を研究する傍ら、シンポジウムのコーディネーターや講演、執筆活動などを行っている。NPO法人国際環境経済研究所(IEEI)理事。

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