イシグロ氏、もう一つの故郷が原動力 「いつか帰国するかもと思い生きてきた」

 
1989年6月、ロンドンの自宅で写真に納まるカズオ・イシグロ氏(共同)

 ■おとぎ話、小説に織り込む

 ノーベル文学賞の受賞が決まった日系英国人作家、カズオ・イシグロさん(62)は長崎に生まれ、幼少の頃、英国に渡航して以来、一貫して英語で創作活動を続けてきた。鋭い感性と幻想的な雰囲気を融合させながら人間の微細な感情をすくい上げ、国際的な文学賞も受賞。日本で過ごした幼い頃の薄れゆく記憶も、旺盛な創作活動の原動力となっている。(海老沢類)

 「いつか日本に帰国するかもしれないとずっと思いながら生きてきました。英国に渡った当初は日本に対する記憶は強かった。ところが20代になって『記憶としての日本』というのが私の中でどんどん薄くなっていく。今振り返ると、小説を書くことは私の中の日本を保存することだった。世界、空気の全てを」。平成27年に来日したときのインタビューで、イシグロさんは語っていた。

 1982年のデビュー長編「遠い山なみの光」とそれに続く「浮世の画家」は戦後の混乱期の日本を舞台に日本人の姿をつづった。一方で、苦悩する老執事を主人公にした89年のブッカー賞受賞作「日の名残り」で描くのは伝統的な英国。苛烈な運命を背負った男女の悲しみが迫るベストセラー「わたしを離さないで」は、人間の生のはかなさを伝えるような端正で抑制の効いた文章が印象に残る。著作のほとんどが邦訳され日本にも愛読者は多く、「日本語に訳されるのは私にとっては特別。日本は単なる他の国ではない。もう一つの故郷なのです」と語っていた。

 中世のアーサー王伝説を下敷きに、社会の負の記憶とどう向き合うかを問う最新作「忘れられた巨人」。物語の中で登場人物はついさっき起きた出来事すら忘れてしまう集団的な健忘症にかかっている。それをもたらしているのが世界を覆う霧を大量に吐き出す「竜」だ。イシグロさんが苦しんだ末、たぐりよせた幼少時の記憶から生まれた設定だった。

 「思い浮かべたのは、子供の頃に母親が語ってくれた物語です。鬼とか竜とかが出てくる、日本のおとぎ話ですね。超自然的なものと現実とが混ざり合う日本のおとぎ話を思い出しながら、小説に織り込んでいったんです」

 多感な10~20代を過ごしたのはもっぱら英国。日本語もほとんど話せない。ただ作家となってからも川端康成の小説や小津安二郎の映画「東京物語」に親しんでイメージを育んできた。

 「東京は大きな街なのに非常に清潔で安全。ロンドンは違います」。「わたしを離さないで」の映画化に合わせて平成23年にも来日。そのときのインタビューで、日本の治安の良さに驚きながら、笑顔でこう語ったのが印象に残っている。

 「改めて思ったのは私の書く物語が日本的感性に裏打ちされていること。『命のはかなさ』や『もののあはれ』といった言葉はいつも私の頭にあるのです」

 ■首相も受賞を祝福

 安倍晋三首相は5日夜、ノーベル文学賞に長崎県出身の日系英国人作家、カズオ・イシグロ氏が選ばれたことについて「日本にもたくさんのファンがいる。共に今回の受賞をお祝いしたい」とするコメントを発表した。

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