□産経新聞正論調査室企画委員・工藤均
世界記憶遺産(ユネスコ記憶遺産)の今年の国内公募に16件の応募があったことが文部科学省から発表された。そのなかには昨年、国内選考段階で落選した「知覧」もあった。新たな要素を追加しての再挑戦。戦後70年だからこそ、改めて知覧の持つ意義、重要性を考えてみたい。
世界記憶遺産は重要な手書き原稿、書籍、フィルム、写真などの記憶遺産の保護と振興を目的に、1992年にユネスコ(国連教育・科学・文化機関)が開始。世界遺産、無形文化遺産とともにユネスコの三大遺産事業の一つで、日本では「山本作兵衛氏の炭坑記録画・記録文書」(福岡県)など3件が登録されている。
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大東亜戦争末期、沖縄戦の特攻作戦には鹿児島県知覧町(現南九州市)の知覧基地など多くの基地から出撃した。なかでも知覧には陸軍最大の特攻基地が設けられ、出撃した439人が戦死した。現在、知覧特攻平和会館に多くの記録と記憶が残されている。史上類のない作戦で特攻隊員が書き残した悲惨な戦争の記憶を継承するため、市全体で資料の収集や展示、保存管理に取り組んでいるのだ。
今回、応募したタイトルは「知覧に残された戦争の記憶-1945年沖縄戦に関する特攻関係資料群-」。申請者の南九州市によると、特攻隊員が作成した遺書や手紙のほか、新たに特攻隊員の世話をした知覧高等女学校の生徒の日記、米艦船に突入した特攻隊員が巻いていた鉢巻きなどを加えた計427点に上っている。
特攻隊員と地域住民の状況や心境、情報などの様相が反映されており、危急存亡の瀬戸際に立たされた国の特異な時代背景を象徴するものとしている。「兵士のみならず女性、子供、学生や地域住民など国家全体が戦争に動員された“総力戦争”の最終末期の様子が如実に表れた歴史の真の証拠・証言」(世界記憶遺産推進室)であることが大きなポイントなのだという。