【砕氷艦しらせの思い出】南極での白夜、出迎えてくれたペンギン、そして…「氷の世界」で見たものとは 第47次観測隊参加の神蔵良隆さん (1/4ページ)

2016.2.21 13:17

当時は先代のしらせであり、船体にある番号は5002となっている。現在のしらせは5003。(神蔵良隆さん提供、撮影日:2006年1月1日)

当時は先代のしらせであり、船体にある番号は5002となっている。現在のしらせは5003。(神蔵良隆さん提供、撮影日:2006年1月1日)【拡大】

  • しらせ艦橋にて。暴風圏通過時。(神蔵良隆さん提供、撮影日:2005年12月4日)
  • しらせから見る日の出。この日に南極大陸に到着。この地点から物資をヘリなどで昭和基地へ運び始めた(神蔵良隆さん提供、撮影日:2005年12月16日)
  • 青色が居住用テント。接岸して第一に設置に取りかかった。テントは一日で建てることができたが、この間、休憩は雪上車でとった。(神蔵良隆さん提供、撮影日:2005年12月29日)
  • 放送棟、食堂棟の土台造り。氷を平らにし、シートをかぶせた上に土台を造る。(神蔵良隆さん提供、撮影日:2005年12月24日)
  • 完成した「放送棟」と「食堂棟」。雪の高さに応じて建物の底が手動のハンドルで上がる設計になっている。(神蔵良隆さん提供、撮影日:2005年12月31日)
  • 地質の野外調査に同行した際に見たペンギンの群れ。岩石などを採取するため、氷の少ない所を歩く。地面が露出している。南極の動植物は保護のため、近寄って良い距離が数メートルに決まっているという。(神蔵良隆さん提供、撮影日:2006年1月26日)
  • 夏期作業用宿舎の外壁補修。昭和基地近くにある宿舎に入るまでの期間に使う(神蔵良隆さん提供、撮影日:2006年1月4日)
  • 昭和基地での作業。アンテナを保護するレドームの補修の様子。クレーンを取り扱う担当のメンバーは、建築作業経験者ではないが、事前に免許を取得してから渡航していた(神蔵良隆さん提供、撮影日:2006年1月5日)
  • 南極大陸の氷棚。氷塊が滑り落ちたときの写真で、煙がうっすらと映っている(神蔵良隆さん提供、撮影日:2006年3月15日)

 南極観測船「しらせ」は昭和基地を出発し、第56次南極観測隊の越冬隊と第57次観測隊の夏隊を乗せて北上中だ。海洋観測をしながら、3月下旬にはオーストラリア・シドニーに到着するという。しらせには、各分野の専門家が搭乗し、南極の生態系について多角的な調査を行う。東京都内でクリニーニング店を営む神蔵良隆さん(44)は今から約10年前の同時期、第47次観測隊の夏隊に参加し、建築の専門家として調査に赴いたという。当時の様子を聞くと、実際に行った者にしか分からないユニークな南極の様子が浮かび上がってきた。(高原大観)

夏は乾燥

 「南極へ到着すると季節は夏です。乾燥していてウイルスなどが繁殖しづらい環境でした。湿気が極めて少ないため草木も周りにない環境でしたが、体調を崩した人をほとんど見ませんでした」

 神蔵さんが南極に向かったのは2005年の晩秋。当時は建設会社に勤務しており、社内で調査隊員を募集していたことから手を挙げたという。

 海上自衛隊の砕氷艦「しらせ」に乗るため、オーストラリアを目指して成田空港を飛び立ったのは2005年11月28日だった。29日にはオーストラリア・パースで現地の日本人会との交流会に参加。12月3日には、オーストラリア・フリーマントルで乗艦、出港した。

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