【ビジネスアイコラム】ソ連崩壊25年目の現実 消えた民主化への渇望 再燃はあるか (1/3ページ)

 モスクワ中心部をわが物顔で走り回る戦車、バレエ「白鳥の湖」ばかりを放映するテレビ-。25年前の1991年8月19日朝、モスクワ市民が眠りから覚めて目にしたのは、こんな光景だった。20世紀の超大国、旧ソ連の崩壊を決定づけることになる「8月クーデター未遂」である。

 クーデターを未遂で終わらせたのは、「全体主義への逆行」を許すまいと立ち上がった国民自身だった。いま少し当時を振り返る。

 クーデターを首謀したのは、ソ連末期のゴルバチョフ大統領が進めたペレストロイカ(改革)路線に反発した守旧派グループ。「国家非常事態委員会」を名乗ったグループは、ゴルバチョフ氏をクリミア半島で軟禁し、実権掌握を図った。

 しかし、若年層を中核とするモスクワ市民は、民主派の旗手だったエリツィン・ロシア共和国大統領が籠城(ろうじょう)した最高会議ビルの防衛に立ち上がる。数万人が“人間の鎖”で民主化継続への熱望を体現し、クーデターを文字通りの「3日天下」に終わらせた。軍との衝突で市民の死者も出た。

ゴルバチョフ氏は権威を失墜させ、歴史の歯車は12月のソ連崩壊へと急回転