芝居中、私が声を掛けた方が芝居が締まる、と感じたのは3時間の芝居でわずかに5カ所。中日過ぎに楽屋を訪れると、勘三郎は「あれでいいよ」とだけ言った。これは満点を取ったようなもので、今でもあのうれしい気持ちを覚えている。本当に大きな影響力のある人は、そのチカラを誇示しないものなのだと勘三郎は教えてくれた。
命令や怒声で人を動かせるのは一瞬だ。目の前からその人が消えればやる気も消える。私は生涯にわたって、勘三郎の教えを守っていきたい。人を動かすには、その気持ちを動かすしかないし、本当にそれができたとき、相手は一生のモチベーションを手に入れることができる。
焦ってはいけない。果実を求めるのではなく、木を育てよう。勘三郎はそれを教えてくれた。(敬称略)
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【プロフィル】堀越一寿
ほりこし・かずひさ 1970年2月、東京生まれ。27歳のとき、最年少で歌舞伎大向弥生会に入会を許されて以来、会社勤めの傍ら年100回以上劇場に通う。十八代目中村勘三郎から「一番信頼できる大向こう」と評された。近年は歌舞伎の魅力を多くの人に発信したいとの思いから、講師としても活動中。著書に「歌舞伎四〇〇年の言葉」がある。