私が受付嬢になったワケ 上場企業5社を経験、120万人の来客対応をした「受付人生」 (4/5ページ)

 「平日は都内、週末は三重」と仕事を続けながら実家に行き来する日々を続けていましたが、そんな生活もとうとう限界を迎えます。真正面から仕事の話をする機会があまりありませんでしたが、受付業界で奮闘している私のことを陰ながら応援してくれていた父。そんな家族の期待にも応えていた誇らしい仕事でしたが、「父との時間は限られている」と悟った私はUSENを退職する決断を下したのです。

 まもなく父は旅立ちました。しばらくは母のそばで生活し、日常が少しずつ戻って来た頃、「受付の仕事をまた続けたい!」とまた意欲がわいてきました。

 そして、受付嬢として3社目となった新天地は、国内最大の“和製SNS”として隆盛を極めたミクシィ。ここで、自分のキャリアを見直すターニングポイントともなった3年半を過ごすことになったのです。

「受付嬢」は、一生は続けられない職業

 ミクシィの受付は2名体制と、前職に比べると小規模な受付。来客数は多かったものの、ゆったりとお迎えできる環境でした。

 とても働きやすく恵まれた職場でしたが、20代後半の私は自分のキャリアをふり返ることが増えていきました。「どんなことをしたの?」「転職先では新たにどういうスキルを身に着けたの?」と聞かれたときに、自分じゃないと生み出せない価値を提供できていないと考え始めたのです。

 さらに「受付嬢」という職種についても考えさせられる期間となりました。受付嬢の仕事は、残念ながら現状では一生続けられる職種ではないのです。募集要項には年齢制限が設けられることも少なくありません。そんな背景もあってか、秘書やアシスタントへ早々と転身する仲間も多いのです。

GMOでの職務が受付人生の中で一番苦労することになるとは…