必要なのは心の「安全基地」 茂木健一郎氏が提言 なぜ、ゆとり世代は自己肯定を求めるのか (2/3ページ)

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  • “バブル世代”におなじみのディスコ、ジュリアナ東京。(AFLO=写真)

 考えてみれば、子どもの頃から「おまえはダメだ、よくない」と言われ続けたら、やる気をなくしてしまう。そんなことを言う大人に対して、「もういい加減にしてくれ」「聞き飽きた」という気持ちになるのは当然のことだろう。

 日本の肯定から始めたいという気分が、10代、20代の若者の間にあるように思う。日本の問題点を指摘するよりも、何かもっと前向きで、建設的な提案を待望するという思いが強いようなのである。

 私自身は1962年生まれで、子どもの頃、日本経済は高度成長が続いて基本的に元気だった。明日は今日よりもよくなる、という根拠のない自信が国中にあふれていた。

 建設的な批判さえも届かない時代

 その頃、いわゆる「知識人」は、基本的に日本の現状を批判することが仕事だったように思う。また、日本という国自体にも、そのような批判を受け入れ、自らをさらに高めるための「薬」にするだけの余裕があった。外国に比べて日本がいかに遅れているか、というような論が歓迎されたのである。

 時が流れ、日本についての論説も、異なる工夫が必要な状況になってきているように思う。たとえ日本の現状を批判するにしても、日本という国を基本的には肯定している、というメッセージが裏にないと、特に10代、20代には響かないという気がする。

必要なのは心の「安全基地」