いつまで「ガキ使」を叩き続けるのか 何度も炎上した私が考える「バッシングの許し時」 (3/4ページ)

◆「許し時」を知らなすぎる世間様

 さて、今回の『ガキ使』バッシング、いつまで叩き続けるのか。「明確に謝罪をし、さらに来年の内容で改善が見られるかどうかをチェックするまでは許さない」と考えている人もいるだろう。あるいは番組を打ち切りにするまで許さないと考える人もいるかもしれない。

 だが、私は「もうこの件については十分叩きつくしたからそろそろいいんじゃね?」と思う。もはや日本では「糾弾」が娯楽と化しており、糾弾者はその「許し時」をあまりにも知らなさすぎる。いや、娯楽として消えたら困るのでやめたくないという面もあるかもしれない。

 今回同番組では、2016年に報じられた不倫の「禊」的意味合いでベッキーがタイキックをくらい、これまた人権問題として大バッシングされた。ベッキーが「タレントとしてありがたかった」と釈明しても「影響力を考えろ」「暴力肯定を助長する」「女性差別に加担する」といった批判が来る。

 過去のトラブルをいじられるケースでは、2012年12月に発生したペニーオークション騒動により、小森純は芸能活動自粛に追い込まれた。2013年9月、番組に久々に出演した際、ビートたけしが「今日はペニーオークションが……(来てる)」と話を振ったため、小森は結果的に救われた。ベッキーもそれと同様の意味で「ありがたい」と言ったのだろうが、前出の通り、擁護されたベッキーが問題となった番組演出を肯定したと受け取られ、今度はベッキー叩きに発展してしまった。

 そもそも、ベッキーが今回尻にキックされなくてはいけなかった理由は、不倫という当事者及びその家族、CMスポンサー以外にとってはどうでもいい騒動を、世間様が許さずバッシングを続けまくったことが理由である。ベッキーが番組に出るとなれば、電凸やスポンサーの不買運動を呼びかける。これも娯楽としての糾弾である。結局タイキックも、約2年間続く不倫に端を発する“娯楽”という名の糾弾の続編といった感じなのだ。

◆バッシングが自殺に追い込んだ例も

 さて、自分自身が何もダメージを受けておらず、不快に思った程度の被害を受けた人々が糾弾を続けるならば続けても良いが、一応「許し時」、いや「辞め時」は考えておいた方がいい。後でモヤッとした気持ちになるし、後悔するかもしれないからだ。2013年6月5日、岩手県議の小泉光男氏は、病院でのエピソードをブログにこう書いた。

〈6月上旬、3日ほど県立中央病院に通い続けていますが、当職と、ひと悶着がありました。 “241番”、“241番の方”、“お名前でお呼びします。241番の小泉光男さん。”→ん!僕を呼んでいるの?と気付いた瞬間、頭に血が上りました。ここは刑務所か!。名前で呼べよ。なんだ241番とは!と受付嬢に食って掛かりました。会計をすっぽかして帰ったものの、まだ腹の虫が収まりません。〉

「あぁ、やり過ぎた」と思ってももう遅い