タイ総選挙 実施時期、大幅遅れ…高まる軍政批判 不測の事態懸念も

昨年12月26日にタイ北部スコータイで開催された移動閣議の出席者。前列中央がプラユット首相(タイ首相府提供)
昨年12月26日にタイ北部スコータイで開催された移動閣議の出席者。前列中央がプラユット首相(タイ首相府提供)【拡大】

  • 3月14日に実施された南部プーケット県視察で演説する陸軍出身のチャッチャイ副首相(タイ首相府提供)

 5月下旬の発足から丸4年を迎えるタイの暫定軍事政権。この間、新国王の即位や新憲法の制定など、政治日程は目まぐるしく移り変わった。タイ国民の目下最大の関心事は民政復帰に向けた総選挙の行方だ。実施時期は当初の予定から大幅に遅れる来年2月以降となることが確実となったことに加え、軍政批判が日増しに高まっている。一方で、政権側は有力政治家グループや地方行政組織の引き締めに躍起となるなど、内外に圧力を強め始めている。識者の間では、市民との衝突など不測の事態を懸念する声もある。

 ◆移動閣議で予算承認

 北部スコータイ県にある郡役所の担当者は、昨年12月26日に開かれた「移動閣議」の様子を忘れない。地元出身の有力政治家、ソムサック・テープスティン元労相(63)が招かれ、その場で約50億バーツ(約170億5000万円)の開発予算が認められた。発展から取り残されていた、かつての古都は大いに沸いた。

 ソムサック元労相は28歳で下院議員となった政界の重鎮。タクシン政権下で工業相や農相などを歴任し、2006年9月の軍事クーデターを機にタクシン派を離れた。一線から退いているとはいえ、現在も自派の政治グループ「マチマー」を率いており、一定の影響力がある。開発予算の承認は、軍政批判の押さえ込みと、来る総選挙での軍政支援政党への支持を取り付けるための措置だと誰もが受け止めた。現に、ソムサック元労相はプラユット首相支持を鮮明にしている。

 昨年の前国王の葬儀前後から、軍政は移動閣議や地方視察を盛んに開催している。9月半ばには中部スパンブリー県で1995~96年にかけて内閣を率いたバンハーン元首相の親族や後継者らを集め、ミャンマー南部ダウェー経済特区に隣接する土地の早期入札を約束した。昨年11月には南部ソンクラー県でも移動閣議を開催し、地元商工会議所は総額5000億バーツの開発支援を要請、都市間高速道路の建設や港湾施設の開発が了承された。今年になってからも精力的に協議が続けられている。

 有力政治家グループに働きかける一方で、首相府と内務省を通じた地方への引き締めも着実に進められている。今年1月下旬には首相府令として「国家発展推進会議」の設置を通達。県や郡(日本の市に相当)の幹部職員を直接配下に従える体制を構築した。軍政の決定事項を全国津々浦々の村に浸透させるための仕組みづくりが目的だ。軍政は今後、現政権の妥当性と総選挙実施に伴う問題点を繰り返し説明していくとみられる。

 即位から2年目のワチラロンコン国王を前面に押し出した「国民団結」への施策も進めている。新国王が説く「ボランティア精神」こそがタイの未来と発展を導き出すとして、貧困や洪水被害など国民生活に根が深い問題に率先して手を差し伸べていこうと訴えている。そのための寄付や慈善行動を受け付ける仕組みもつくった。新国王の肖像画を描いた新紙幣を今年6月に発行するとも発表した。

 ◆閣僚に隠し資産疑惑

 これに対し、バンコクを中心に大学関係者や市民らの間で長引く軍政への批判の声が高まっている。その大きなきっかけは、昨年末に発覚した政権ナンバー2のプラウィット副首相兼国防相の隠し資産疑惑と、今年1月下旬に暫定議会が可決した下院選挙法の施行日を従来予定より90日間遅らせる法案だ。

 プラウィット副首相の疑惑は、再改造内閣の記念撮影時に発覚した。まぶしい太陽光を遮った右手に輝くスイス製高級腕時計。副首相は「友人から借りたもの」と弁明したが、閣僚の資産報告書への未記載も次々と判明し、国家汚職防止取締委員会が調査に乗り出す事態となった。下院選挙法施行日の延期についても、親軍政党を発足させるための「時間稼ぎ」と受け止められた。延期により来年2月以降の総選挙実施が確定した。

 クーデター直近までタイの政治を担ってきた2大政党のタイ貢献党と民主党も、こぞって軍政への批判を強めている。党関係者らが大学や各地で開かれる反政府集会に参加するなどして、倒閣での一致点を探っている。暫定憲法の規定で5人以上の集会がいまなお禁止されているにもかかわらず、反政府派は意気軒高だ。

 このような事態に軍政は今のところ見て見ぬふりをしている。「違法」集会への参加も大目に見ており、直ちに大規模な混乱に発展するかは懐疑的だ。「しかし」と、大学で近現代史を研究する大学講師は匿名を条件に解説する。「今の状況は、300人以上が死亡した92年の暗黒の5月事件にどこか似ている。心配なのは、ラーマ9世のようなカリスマ的な調整役がいないことだ」

 岐路に立つタイの軍政。その行方に目が離せない。(在バンコクジャーナリスト・小堀晋一)